見上げた星空に、奇跡が降る


     ―オリオンー

 当日、空は一面の鉛色だった。
 
 
窓の外には厚い雲が垂れ込め、冷えた空気の中を小さな雨粒が漂っている。

 日が傾き始めても、その雲はまったく切れる気配を見せない。

 夜になっても、月の光どころか、その存在すら感じられない。

 胸の奥に、嫌な予感がじわじわ広がっていく。

 僕はカレンダーの赤丸を何度も見つめた。

 ……今日こそ、彼女が外の世界に踏み出せる日だ。

 それはただ流星群を眺めるためじゃない。

 あの公園まで行くことができれば、彼女はこれから先、もっと外へ向かえるはずだ。

 でも、空が晴れなければ……あの一歩は、きっと先延ばしになってしまう。

 焦燥感が胸を締めつけた。

 ただでさえ息苦しいのに、呼吸がさらに浅くなっていく。

 熱は朝からずっと下がらず、体の節々が重い。

 さっきまで来ていた先生には「今日は安静に」と釘を刺されたばかりだった。

 それでも、窓辺に立って空を見上げる。

 厚い雲は、まるで意地悪をするように、どこまでも広がっている。

 ……だめだ、これじゃ彼女が……。

 心臓の鼓動が速まる。

 僕はベッドに戻らず、医者も看護師もいない隙を見て、そっと体を起こした。

 頭がふらつく。吐き気がこみ上げる。

 壁に手をつきながら机まで歩き、パソコンの電源を入れた。

 画面の光が、やけに眩しい。

 すぐにメッセージの画面を開くと、彼女から何通も届いていた。


 =空、まだ雲が多いです……=

 =ずっとこのままだったらどうしよう=


「…………」

 その文面から、不安と迷いが滲んでいる。

 僕はキーボードに手を置き、熱で震える指先で打ち込む。


=大丈夫、きっと時間になれば晴れるから=


 根拠なんてどこにもない。

 でも、そう言い続けるしかなかった。


=さっきより雲が薄くなってきてます=


 嘘ではない。

 ただ、ほんの一瞬、雲の切れ間から淡い光が見えただけだけど。

 けれど、それを大げさなくらいの希望にして伝えた。

 僕がそうしなければ、彼女はきっと外へ出る勇気を失う。

 背中に冷たい汗が伝う。

 呼吸のたびに肺の奥が焼けるように痛む。

 それでも、彼女の「どうしようかな」というメッセージが届くたびに、僕は間髪入れず返信を返した。


=大丈夫=


 打ち込むたび、視界の端がかすんでいく。

 それでも、画面の向こうで彼女が少しでも前に進むなら、苦しさなんてどうでもよかった。

 
いつの間にか、夜の気配が濃くなっていた。


 まだ雲はある。けれど、その下で、彼女が今も空を見上げる準備をしていると想像すると

 体の苦しさはスっと消えていく感じがした。