見上げた星空に、奇跡が降る

      ―オリオンー

 ……私もカレンダーに赤い丸をつけた……そんな話を彼女から聞いたのは、もう数日前のことだ。

 流星群までの日数を数えては、メッセージをやり取りする。

 そのやりとりの中で、彼女が少しずつ外に出始めたことを知った。

 最初の報告は、ほんの一歩だけ玄関を出た、というものだった。


 =今日は玄関の外に一歩だけ出ました=


 画面に浮かんだ文字を見た瞬間、僕は知らずに笑顔になっている。

 僕にとっては当たり前の一歩でも、彼女にとっては大きな冒険なのだとわかる。

 月面の一歩と同じなのだ。

 だからこそ、すぐに返した。


 =それ、すごい進歩じゃないですか=


 顔も声も知らない相手なのに、誇らしいような気持ちになる。
 


 二日目。ポストまで行けたと聞いた。

 その日は朝から微熱があって、ベッドの上で半分うとうとしながらスマホを握りしめていた。

 短い文章を打つだけで息が上がる。

 それでも、彼女の頑張りには応えたかった。


 =昨日より距離が伸びてますね。次はどこまで行くんでしょう=


 送信ボタンを押すと、体がほんの少しだけ楽になった気がした。
 

 三日目。角を曲がった先まで行ったとメッセージが届く。

 その日は関節の節々が痛んで、起き上がるのもつらかった。

 正直、椅子に座って画面を見ているだけでも辛い。

 けれど、彼女が僕の返信を待っているかもしれない……そう思うと、指は勝手に動く。


 =もう探検家ですね。それ以上は遭難しないように=


 少し冗談を混ぜたのは、彼女を笑わせたかったからだ。

 笑ってくれたかどうかはわからない。でも、返信が返ってきた瞬間、その数秒のやりとりだけで、

 体のだるさが和らいだような気がした。

 彼女の挑戦は日を追うごとに少しずつ距離を伸ばしていく。

 僕はベッドの中で、彼女の文章から外の空気の匂いや音を想像した。

 きっと風の冷たさや足音の響きまで、ひとつひとつが新鮮に感じられているはずだ。

 僕にはもう長い間味わっていない感覚だ。

 だからこそ、彼女が外の世界へ近づいていくことが寂しい。

 でも、その寂しさ以上に、誇らしさと嬉しさが勝っていた。


 =公園まで行けたら、当日は最高ですね。あと少しです=


 そう送ったあと、ベッドの枕に頭を沈めた。