―オリオン―

 次の日。

 目が覚めてからずっと、昨日のやり取りが何度も頭をよぎっていた。

 《迷い猫》――そう名乗った人からの短いメッセージ。

 「毎日ちゃんと星の事をあげるのが凄い」

 わずか十数文字のその言葉が、どうしてこんなにも長く心に残るのか、自分でも不思議だった。

 僕は、星を見て、それを記録することが当たり前になっていた。

 褒められるためでも、誰かのためでもない。自分のためにやってきたことだ。

 それを「凄い」と言われたのは、生まれて初めてだった。

 午前中、いつものように看護師さんが検温にやって来た。

 額にそっと体温計が当てられ、その数値を見た彼女は、ふと顔を上げて僕を見た。

 「何かいいことがあったんですか?」

 思わず瞬きをする。

 ……いいこと?

 彼女の問いかけで、僕はようやく、自分の口元がほんのわずかに上がっていることに気づいた。

 星を見ているとき以外で、こんなふうに心が軽くなることは、今までなかった。

 胸の奥にあった重い石が、ほんの少しだけ動いたような感覚。

 看護師さんは深く追及することなく、穏やかな笑みを浮かべて病室を出ていった。

 残された僕は、ベッドに身を沈めながら天井を見上げた。

 もしまた、《迷い猫》とやり取りできることがあったら――今度は、ちゃんとお礼を言おう。

 そんな小さな約束を自分に課すだけで、窓の外の青空が、少しだけ近く感じられた。

 昼の光に包まれた空は、夜とはまったく違う表情をしている。

 でも、その向こうには必ず、昨日と同じ星たちがある。

 自分の今の瞬きは、昨日とは違うものになっているのかもしれない。