―オリオンー

 観測記録をまとめていると、《迷い猫》からメッセージが届いた。


 =今日は窓の外がやけに静かで、思わず長く眺めてしまいました=


 ただそれだけの文章なのに、いつもより少し長く窓を見ていた様子が伝わってくる。

 これまでは「曇っていました」とか「星は見えませんでした」という短い報告が多かった。

 でも最近は、風の匂いや街灯の位置、夜の空気のことまで書いてくれるようになった。

 部屋の外にある世界を、少しずつ感じ始めている……そう思うと、胸の奥が温かくなる。


 =それは観測しやすいですね。こっちは少し風があって、望遠鏡が揺れました=


 そう返すと、しばらくして短い返事が届いた。


 =風の音が聞こえない夜って、こんなに静かなんですね=


 その一文に、僕は小さく笑ってしまった。

 まるで初めて気づいたような声。

 窓の外の静けさに耳を澄ませる彼女の姿が、自然と頭に浮かぶ。

 嬉しい…………けれど、ほんの少しだけ寂しさもあった。

 これまで、彼女にとって夜の景色は、僕を通して知るものだった。

 星の名前も、位置も、月の模様も、ほとんど僕の言葉で届いていた。

 それがこれからは、彼女自身の目と耳で確かめられるようになるのかもしれない。

 置いていかれる、という感情が一瞬よぎる。

 でも、それは間違っている。

 僕は彼女を閉じ込めておくために話しているんじゃない。

 その逆だ。

 窓の外にある空気や光を、少しでも感じてほしい……それが、最初からの願いだったはずなんだ。


 =また静かな夜があったら、どんなふうに感じたか教えてください=


 そう送信すると、不思議と心が軽くなった。

 いつか彼女がもっと外に目を向ける日が来るなら、それは僕にとって喜ばしいことだ。

 たとえ僕がいなくても、進めるようになったとしても、その一歩を遠くから見守ろう。

 そう決めた。