見上げた星空に、奇跡が降る

      ―迷い猫―

 …………ほんの少しだけなら、外に出てみてもいいのかもしれない。
 
 その考えは、一度浮かぶと頭から離れなかった。

 夕食を済ませたあと、なんとなくベランダのカーテンを開けてみる。

 外は静かで、風の音すら聞こえない。

 夜空は少し雲があるけれど、東の方に明るい星がひとつ、かすかに瞬いていた。

 あれを、もっと近くで見たい。

 そんな衝動が胸の奥を押す。

 クローゼットからパーカーを取り出し、羽織ってみる。

 スニーカーを玄関に持っていき、足を通す準備までしたところで、心臓がやけに早く打っていることに気づく。

 ドアノブに手をかける。

 ほんの数段の階段を下りれば、夜の空気の中に立てる。

 頭ではわかっているのに、指先が固まって動かない。

 もし誰かに会ったらどうしよう。

 もし声をかけられたら、返事なんてできない。

 胸の中で、不安と期待がせめぎ合う。

 それでも、少しだけ外の匂いを感じたくて、そっとドアを開けた。

 冷たい空気が、一気に頬に触れる。

 その瞬間、心臓の鼓動がさらに速くなる。

 足を一歩、外に踏み出す――……ところで、結局私は立ち止まった。

 空を見上げる。

 さっきの星は、家の影に隠れて見えなくなっていた。

 けれど、不思議と後悔はなかった。

 今日はここまででいい。

 また次の夜、もう一歩だけ先へ行ってみよう。

 そう思って靴を脱ぎ、部屋に戻る。

 パソコンを立ち上げると、画面の右上に新着メッセージの通知が灯っていた。


 =今夜の東の空、低い位置に明るい星が見えます。たぶんベテルギウスです=


 まるで、私が外に出ようとしたことを知っていたみたいなタイミングだった。

 次は……次は駄目でもその次あたりに……あの星を外で見てみたい。


 小さく笑って、画面を見つめた。