見上げた星空に、奇跡が降る

    ―迷い猫―

 通知音が鳴ったとき、胸の奥が跳ねるように熱くなった。

 急いで画面を開くと、そこには《オリオン》からの短い文章があった。


 =こんばんは。少し間が空きましたが、また観測できるようになりました=


 その一行を読んだ瞬間、こわばっていた体から力が抜けた。

 ……ああ……ちゃんと、ここにいてくれた。

 胸の奥に溜まっていた不安が、ゆっくりとほどけていく。

 けれど、同時に小さな疑問も浮かぶ。

 どうして、こんなに間が空いたのだろう。

 返事をもらえなかった日々、頭の中では何度も理由を想像した。

 忙しかった? 観測ができなかった?

 それとも……やっぱり私の話が重すぎた?

 次の瞬間、もう一通のメッセージが届く。


 =今日の夜は、南の空がきれいです。よかったら見てみてください=


 「…………」

 その言葉に、余計な考えが全部かき消された。

 ……今夜、同じ空を見ている……。

 そう思うだけで、胸の奥が温かく満たされていく。

 私は慌ててカーテンを開け、南の空を探す。

 冷たい空気が頬をなで、闇の中に光るいくつもの星が目に飛び込んできた。

 たったこれだけで、また世界が少しだけ広がったように思えた。





 しばらく南の空を見上げていた。

 白く吐き出した息がすぐ夜気に溶け、星の光に溶けていくようだった。

 オリオンが見ているのも、きっとこの空のどこか……そう思うだけで、胸の奥がじんわり温まってくる。

 けれど、外気は冷たく、指先はかじかんで動かなくなってきた。

 窓を閉め、部屋の中に戻る。

 暖房の音が耳に心地よく響く中、机に向かい、ノートパソコンを開く。

 キーボードに指を置いたまま、しばらく考える。

 何から話そう。

 久しぶりのやり取りだから、重くならないことがいい。

 でも、今夜の嬉しさをちゃんと伝えたい。

 ……あ、そうだ。


 =今日は少しだけ部屋の掃除をしました。机の上がきれいになったら、外の景色がよく見えるようになりました=


 送信ボタンを押す。

 画面に自分の言葉が表示されるのを見て、なぜだか心が少しだけ軽くなる。

 勢いに乗って、また指が動く。


 =あ、それと……昨日たまたま聴いた音楽がすごく良くて。歌詞の中に「夜空」って言葉が出てきたんです。

 オリオンさんの話を思い出しました=


 送信してから、手を止める。

 だけど、まだ言いたいことが残っている。

 今日は外を見たときの空の色、カーテンの向こうから感じた冬の匂い、昼間に飲んだ温かいミルクティーの味――

 些細なことが次々と浮かび、自然と文字に変わっていった。

 気づけば、画面には自分でも驚くほど長い文章が並んでいた。

 どれも本当に小さな日常。

 でも、こうやって誰かに話せるのは、本当に久しぶりだ。

 前は、こんな話をしても「だから何?」と返されたり、興味のなさそうな顔をされたりするのが怖くて、

 最初から言わないようにしていた。

 言葉は胸の奥で渦を巻き、やがて沈んで消えていく――そんな日々が当たり前だった。

 でも今は違う。

 オリオンがいる。

 同じ空を見てくれる人が、ちゃんとここにいる。

 返事はすぐじゃなくてもいい。

 ただ、私の言葉が届く相手がいるという事実が、心の奥で小さく灯り続けている。

 その灯りは、外の世界に出ていく勇気にはまだ遠いかもしれないけれど……。


 それでも、部屋の中の暗さを、ほんの少しだけやわらかく照らしてくれていた。