―オリオンー 

 あの日、彼女が「前は窓を開けなかった」と話してくれたことが、ずっと頭に残っていた。

 その一言は、きっと彼女にとって軽くないことだったはずだ。

 だからこそ、これからは彼女が話したくなるときまで、無理に踏み込まないと決めていた。

 その夜も、観測を終えて投稿を上げたあと、メッセージが届いた。


 =今夜は、空が本当にきれいでした。こういう夜って、何を見るのがおすすめですか?=


 モニターを見ながら、自然と笑みがこぼれる。

 以前は質問も遠慮がちだったのに、今は自分から「何を見たらいいか」なんて聞いてくれる。

 その変化が、ただ嬉しかった。


 =今の時期なら、冬の大三角ですね。シリウスとプロキオン、それからベテルギウス。

 この三つの星を線でつなぐと、大きな三角形が見えます=


 =名前を聞いても、どれがどれかわからないです(笑)=

 =じゃあ、今度同じ時間に空を見ましょうか。僕が順番に教えます=


 打ち込んでから、少しだけ指が止まる。

 「一緒に見る」なんて、軽く言ったけれど、こういう提案は初めてだ。

 断られるかもしれない、と一瞬不安がよぎる。

 けれど、すぐに通知が返ってきた。


 =……いいですね、それ=

 短いけれど、その一文は僕にとって十分すぎるほどだった。

 まだ会ったこともないし、会える日が来るかどうかもわからない。


 それでも、同じ時間に同じ空を見上げるだけで、何かが共有できる気がする。