―迷い猫―

 ここ最近のやり取りは、星のことや天気のことだけじゃなく、何でもない日常の話もできるようになっていた。
 
 前みたいな緊張は、少しずつ薄れてきている。

 今夜も、空は澄んでいた。

 ベランダ越しに見える星は、輪郭までくっきりしていて、冷たい空気の中で淡く瞬いている。

 その光を見ていると、ふと前の自分を思い出した。

 そういえば、前は窓を開けることすらほとんどなかった。

 そのことを、ずっと誰にも話していなかった。

 けれど、今なら……少しだけなら、言えるかもしれない。

 キーボードの上に手を置く。

 打ち込む指がわずかに震える。

 送ったら、どう思われるだろう――そんな不安が頭をよぎる。

 でも、《オリオン》はこれまで一度も、私を急かしたり、否定したりしなかった。


 =……前は、窓を開けることすらほとんどなかったんです=


 送信ボタンを押した瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。

 返事が来るまでの数分が、とても長く感じられた。

 やっと届いた彼のメッセージを読む。


 =そうなんですね。じゃあ、今は少しずつ変わってきてるってことですか?=


 その言葉に、少し肩の力が抜けた。

 責めるでもなく、ただ受け止めてくれる響きだった。


 =はい……。オリオンさんの投稿を読むようになってからです。なんとなく外を見てもいいのかなって=


 送ってから、自分でも驚くくらい胸が温かくなった。

 あの日、偶然見つけた星の記録。

 それが、私に窓を開けさせてくれた。

 画面に浮かぶ彼の返事は、とても素直で、読むだけで心がほぐれる。

 ……また話してみよう。


 そう思える自分が、確かにそこにいた。