「おはようございます。」 ここは作業所。
職員と利用者が集まってこれから朝礼をするところ。 一人の女性が立ち上がった。
 「今日の予定としては午前中は金森さんに講義をお願いしています。 午後は久保さんの体操の時間ですので。」
施設庁 森谷昭も皆を見回してから口を開いた。 「今日も施設外就労に出られる方は7人くらい居ますね。 頑張ってきてくださいね。」
 朝礼が終わると施設外就労に出掛ける人たちは我先にと玄関へ殺到した。 「宮田さん お願いしますね。」
みんなの様子を聞きながらぼくも講義室に入っていった。 「今日はどんな話をするんだろうなあ?」
 ここ、就労移行支援作業所 ハートフルに通い始めて3か月。 暑かった夏も過ぎて今は真冬。
ぼくは松永康太。 なかなかマッサージの仕事が無くて作業所に飛び込んだんだ。
でも作業所でも道を開くことが出来るかどうか、、、。 悩ましい所ではあるんだけどな。
 「松永さん おはよう!」 平中麗奈が声を掛けてきた。
22歳の彼女はこの頃なぜか「揉んでくれ。」って言ってくっ付いてくるんだ。 何か有るのかな?
 最初、自己紹介をした時、麗奈も父親から虐待を受けて立って話してたんだよね。 ぼくもそうだった。
お互いに悲運な過去を背負って生きてるんだなあ。 麗奈の隣に座って考え込んでしまう。
 1時間目は何やら経済の話らしい。 まあね、大学でもないんだから分かりやすい初歩中の初歩らしいけど。
聞いてるのは6人ほど。 後ろでは居眠りしてる人も居る。 まあいいか。
 2時間目に入ろうとした頃、事務所に電話が掛かってきた。 「あ、居ますよ。 ちょっと待っててくださいね。」
朝礼で話をしていたあの人が講義室のドアを開けた。 「金森さん ちょっといい? 市役所からなの。」
「ああ、分かりました。」 出ていったはいいけどなかなか帰ってこない。 20分が過ぎた頃、その女性が入ってきた。
 「すいません。 金森さん これから市役所に行くので私が代講します。 さて何を話しましょうか?」 どこか飛んでる雰囲気の女性である。
「竹下さんはこれまで何をしてきたの?」 一人のおじさんが聞いた。
 「いいでしょう。 じゃあみんながこれまで何をしてきたのか話しましょう。」 この人、竹下節子さんはサービス管理責任者。
ハートフルのカリキュラムが順調に消化できるように全体に目を配っている人だ。 実際、話してみると飛んでるママって感じだね。
 この作業所は夏に開設されたばかり。 その直後にぼくも通うようになったんだ。
就労移行支援の支援期間はあと半年。 前の作業所から移ってきたわけね。
 解説一か月のハートフルは利用者も疎らで講義もがら空きの状態だった。
ぼくが初めてこの作業所の門を潜ったのは10月初旬だった。 そして通い始めた。

 最初の頃は節子さんと二人きりで話をすることも多かった。 休んでる利用者も居たからね。
その時、節子さんに虐めの全てを打ち明けた。 看護師でもある彼女は深い溜息を吐いてから口を開いた。
「松永さんもずいぶんとひどい経験をしてきたんですね。 話してくれてよかった。」 以来、彼女はぼくにいろいろと話し掛けてくるようになった。
 他の利用者が居ない日には「ちょっとデートしてきまーす。」って言ってぼくを外へ引っ張りだすようにもなった。 森谷さんも彼女の変化には気付いていた様子。
ここから何かが始まるのかも? そうは思ったけれどその時のぼくは結婚していたんだ。
迂闊に他の人に手は出せないよ。 そうじゃない?
 節子さんはルンルン気分で楽しそうなんだけどなあ。 まあいいか。

 就労支援には移行支援と継続支援が有る。 移行支援は現役世代向け。
継続支援は重度障碍者とか高齢者とか移行支援で結果を出せなかった人たちが対象。
 もちろん継続支援でも就職支援はする。 でもまあ移行支援よりはゆったりとした支援だね。
移行支援は2年間である程度の結果を出すことが求められる。 でもそれで事足りてるのかどうか、、、。
 ぼくが見ていても5年は猶予が必要だと感じている。 現役世代でも仕事に慣れていない人が多いんだから。
移行支援から緩やかに継続支援に移行する形でもいいのではないかな? そう思ったりもする。
はっきりと線引きすることは出来ないからね。

 2時間目が終わった。 そしたら、、、。
「ねえねえ松永さん。 外で一服しませんか?」って麗奈が誘ってきた。 「外で?」
「裏なら風も当たらないから寒くないですよ。」 「そうか、、、、。 それじゃあ。」
ってなわけでぼくらは建物の裏側に回って煙草を吹かすことにした。 「私はラッキーなんですけど松永さんは何を吸ってるんですか?」
「マルボロだよ。」 「へえ、いいのを吸ってますねえ。」
麗奈はなんだか楽しそう。 携帯灰皿を持って煙を吐いている。
 そこへ沢田和幸君がやってきた。 「お二人さん ここで吸ってたの?」
「そうよ。」 「ぼくも仲間に入れてよ。」
言うが早いか、彼も煙草を取り出して吸い始めた。 いやいや、煙だらけだな。
 10分ほどの休憩を挟んで3時間目。 今度も竹下さんがやってきた。
「さて今度は何をしましょうかね?」 不意の交番だから彼女も考え込んでいる様子。
 沢田君たちは何やら賑やかに話し合っています。 「そういえばさあ、松永さん 面白いことを言ってなかったっけ?」
「面白いこと?」 「そうだよ。 声でどんな仕事が似合うか分かるとか言ってなかったっけ?」
「あはは、それは面白そう。」 「でしょう? 俺なんかどうなんだろうなあ?」
 「ねえねえ松永さん 沢田さんはどんな仕事が合うと思います?」 「そうだねえ、その声だったら街角に立ってるビラ配りのお兄ちゃんかなあ。」
「ゲー、その仕事さあ 前やってました。」 「えー、そうなの? びっくりだわ。」
「じゃあさあ平中さんは?」 「あの声だとねえ、喫茶店のウェイトレスかな。」
「ふーん、可愛いな。」 「じゃあじゃあ中野君はどうだろう?」
「ぼくですか? ぼくほんとは声優になりたかったんですよ。」 「声優ねえ。 それよりも読み聞かせのほうが合うんじゃないかなあ?」
「読み聞かせ?」 「うん。 すごくいい声出し聞いてると眠くなってくるからさあ。」
「え? ぼくの声って眠くなるんですか?」 「いい意味で捉えるとすごく聞きやすい声なんだよ。」
 「そっか。 それならいいかもねえ。 じゃあさあ安川さんはどうなの?」 「彼女はね、アクセサリーショップの店員さんがいいと思うよ。」
「ワーオ、買いに行きたいわ。」 「じゃあ山田君はどう?」
「あの声は独特でねえ、風俗の社長だね。」 「みんなに言われます。」
 何だか知らないけどこんな感じで盛り上がってます。 最初の頃は竹下さんと二人きりですごーーーく緊張したのに。
あと半年、どうなるのかなあ これから?