最後の2か所を終わらせて、きっちり後片付けも終え、佐藤さんに終了の報告を入れたのはそれから1時間くらい後のことだったと思う。
「お疲れさまでした。橘君には、いつも本当に感謝しています。気をつけて帰ってください」と、佐藤さんから感謝と労いの言葉を貰い「やり切った~」と清々しい疲労感で玄関に向かっていたら、食堂ホールの窓際の席にサクライさんがぽつんと座っているのが見えた。
一列置きに照明が灯る、だだっ広くて薄暗い食堂の中で、窓の外を眺めながら、何やらぼんやり考え込んでいる。
夕食はもう食べたのかな、と、思った。
寿老人ホームの夕食は、17時から20時の間で1時間ごとに3グループに区切られ、ローテーションで時間が変わる仕組みになっているらしい。
場所は2階の第二食堂だ。この食堂ホールは朝と昼の食事以外は、いつでもお茶が飲めるように解放しているけれど、テレビや娯楽がないので、いつでも閑散としていた。
今もサクライさん以外、誰もいない。
「サクライさん、こんちはー」
「あら、橘君」
俺を認めて、ふわりと古風に微笑む。
長テーブルの上には、紫の花模様の、綺麗な便箋が乗っていた。
まだ白紙。サクライさんはペンを手にして微笑んでいる。
「手紙すか?」
「うふふ。こういうの若い人が貰っても嬉しいかしら?」
はにかんで笑う感じが、おばあちゃんというより、なんか女子っぽい。
「俺なら嬉しいっすよ。ちゃんとした手紙とかマジで貰ったことないっすから。お孫さんにですか?」
「泉ちゃんに書こうと思ってるの」
「泉にっすか?」
へえ~、と言いながら首を傾げる。
毎日会ってるのに手紙を書く必要ってあるんだろうか。
そういや、直太の行ってる老人ホームでは、高齢者たちが昔やってた遊びをみんなでしたりするっつってたし、そんなイメージ?
「ふふっ、実はね、私と泉ちゃん、最近ずっと恋バナしてたのよ。それがすっごく楽しくて、そしたら書きたくなっちゃったのよね。友達への手紙。でも、いざ書こうと思ったら、いろいろ悩んじゃって」
「へぇ~……」
平然を装いつつ、心は動揺しまくっていた。
ドッドドと心臓が大太鼓みたいにどかどか鳴っている。
「泉と恋バナっすかー。意外っすね。あいつそーゆーの興味ないと思ってたんで。つか、泉、好きな人い、いるんすか?」
会話の流れ的におかしくない範囲でさらっと聞こうとしたのに、声がどもってしまった。
くすっと、サクライさんが笑って「違う違う」と手を振る。
「私が10代だった頃の恋バナを、泉ちゃんに聞いてもらっていたのよ」
「え? あ……ああ、そっちすか」
なんだ、と、吸い続けていた息をホッと吐きだす。
だよな。泉に限って、ないよな、やっぱ。
ふと見ると、サクライさんが……なんか意味深な目で微笑んでいた。
微笑んでいるというか、微笑まし気に見られているというか……。
めちゃくちゃバツが悪い。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」と、泉いわく野球部丸出しなお辞儀をして立ち去ろうとしたら、そっと優しく手首をつかまれた。
つかまれた、と言うよりは、まるで蝶かなんかが手首に止まったみたいな感触だった。
「橘君は、どう思ってるの?」
「へ?」
「お疲れさまでした。橘君には、いつも本当に感謝しています。気をつけて帰ってください」と、佐藤さんから感謝と労いの言葉を貰い「やり切った~」と清々しい疲労感で玄関に向かっていたら、食堂ホールの窓際の席にサクライさんがぽつんと座っているのが見えた。
一列置きに照明が灯る、だだっ広くて薄暗い食堂の中で、窓の外を眺めながら、何やらぼんやり考え込んでいる。
夕食はもう食べたのかな、と、思った。
寿老人ホームの夕食は、17時から20時の間で1時間ごとに3グループに区切られ、ローテーションで時間が変わる仕組みになっているらしい。
場所は2階の第二食堂だ。この食堂ホールは朝と昼の食事以外は、いつでもお茶が飲めるように解放しているけれど、テレビや娯楽がないので、いつでも閑散としていた。
今もサクライさん以外、誰もいない。
「サクライさん、こんちはー」
「あら、橘君」
俺を認めて、ふわりと古風に微笑む。
長テーブルの上には、紫の花模様の、綺麗な便箋が乗っていた。
まだ白紙。サクライさんはペンを手にして微笑んでいる。
「手紙すか?」
「うふふ。こういうの若い人が貰っても嬉しいかしら?」
はにかんで笑う感じが、おばあちゃんというより、なんか女子っぽい。
「俺なら嬉しいっすよ。ちゃんとした手紙とかマジで貰ったことないっすから。お孫さんにですか?」
「泉ちゃんに書こうと思ってるの」
「泉にっすか?」
へえ~、と言いながら首を傾げる。
毎日会ってるのに手紙を書く必要ってあるんだろうか。
そういや、直太の行ってる老人ホームでは、高齢者たちが昔やってた遊びをみんなでしたりするっつってたし、そんなイメージ?
「ふふっ、実はね、私と泉ちゃん、最近ずっと恋バナしてたのよ。それがすっごく楽しくて、そしたら書きたくなっちゃったのよね。友達への手紙。でも、いざ書こうと思ったら、いろいろ悩んじゃって」
「へぇ~……」
平然を装いつつ、心は動揺しまくっていた。
ドッドドと心臓が大太鼓みたいにどかどか鳴っている。
「泉と恋バナっすかー。意外っすね。あいつそーゆーの興味ないと思ってたんで。つか、泉、好きな人い、いるんすか?」
会話の流れ的におかしくない範囲でさらっと聞こうとしたのに、声がどもってしまった。
くすっと、サクライさんが笑って「違う違う」と手を振る。
「私が10代だった頃の恋バナを、泉ちゃんに聞いてもらっていたのよ」
「え? あ……ああ、そっちすか」
なんだ、と、吸い続けていた息をホッと吐きだす。
だよな。泉に限って、ないよな、やっぱ。
ふと見ると、サクライさんが……なんか意味深な目で微笑んでいた。
微笑んでいるというか、微笑まし気に見られているというか……。
めちゃくちゃバツが悪い。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで」と、泉いわく野球部丸出しなお辞儀をして立ち去ろうとしたら、そっと優しく手首をつかまれた。
つかまれた、と言うよりは、まるで蝶かなんかが手首に止まったみたいな感触だった。
「橘君は、どう思ってるの?」
「へ?」



