その日は、他の部より一足先に1年生の野球部の部活動が始まった日だった。
クタクタになって直太と帰っている最中、数学の宿題があるのに教科書を置き勉したことに気づき、しかたなく一人で教室に戻ったら、燃え尽きたボクサーみたいな恰好で、自分の席に座ってぬぼうっとしている汐見泉がいたのだ。
呆然自失という四文字熟語そのものみたいな状態。魂が抜けすぎていて、一瞬幽霊かとマジでビビった。
「何してんの?」
恐る恐る声をかけたら、ふっと、汐見泉の覇気のない目がこっちを見た。
「やられた……」
「え……まさか、スマホ盗まれた?」
たまにそういう事件が起きるから、スマホや貴重品は学校に極力持ってこないようにと、今日の朝の会で担任が言ってたけど、早速やられたのかと驚く。
しかし汐見泉は、ブンブンと頭を全力で横に振ってみせた。
もこもこくせ毛が動きに半歩遅れてついてきて、なんか小動物っぽい。
「部活」と、汐見泉がつぶやく。
「うちのガッコー、2年の先輩が荒れてるから迂闊に運動部、特にバスケ部入ると指とか足とか、体の一部を持ってかれるらしいよーって噂真に受けて、バスケ部辞めて美術部にしたら、真実が2でウソが8だった……」
がっくりうなだれる汐見泉。
「え、そんな噂知らねーし……つか、知ってても都市伝説並みに胡散臭くて普通信じねーし」
「えっ??」
汐見泉が「うそっ!! ウソ? 嘘……いや、うそ……ぅそ?」と、バグっている。
にしても。
その噂をこいつに吹き込んだ奴は、こいつがバスケうまいことを知ってて言ったのか?
と、考えて、(そういえば)と、昨日の昼休みのことが浮かんだ。
「その噂、誰から聞いたん?」と、汐見泉に尋ねながら、昨日の和田たちの会話を思い起こす。
たしか「あの子、美術部入ったって」「良かったねー、晴美~」「レギュラーいただきだねっ」とか、和田グループがきゃいきゃい騒いでて、直太が「なんか晴美ちゃんたち、めっちゃ楽しそうだなー。何話してんのかなー。俺も仲間に入りてぇー」と、気にしていた。
(あれはそういう意味だったのか)
「いやぁ、噂は噂なんで誰からとかないっすよー。あ、でも、噂の間違いを指摘してくれたのは直太君って人で、なんかめっちゃ同情してくれた。いい人だなー。橘君の親友なんでしょ」
汐見泉が力なく笑う。
こいつ、俺の名前を知ってたんだな、と、ちょっと嬉しかった。
「つか、そういう事情あんなら、先生に言えば部活変更できんじゃね?」
「んーー、まあ~、でもー。そうだなぁ~」
もこもこしたくせ毛を両手で押しつぶしながら苦悶している。
なんとなくだけど、和田たちのことを庇おうとしている気がした。
こいつも直太と同じタイプのお人よしなら、十分あり得る話だった。
いいヤツ過ぎて、自分が損するタイプのお人よし。
「そうだっ! そうに違いない!!」
ぼんっと両手を髪から離した汐見泉が、急に叫びだす。
「うぉっ! いてっ!!」
いきなりのことに驚いて後ずさった太ももが、後ろの机にガンとぶつかって、めっちゃいてぇ。
「あ、大丈夫?」
「……いきなりどした?」
「いやね、これはもしかしたら天からの啓示かもしれんと思ったわけですよ。つまり、実は私には芸術的才能があって、神様が『あなたは~、そっち方面に~、いきなさい~。アーメン』とか言ってるんだと思う」
いや、ぜってぇ違うと思う。
お前の才能はバスケだと思う。
「うん。そうだ。そうに違いない。そうに決まってる。なんだ、そうだったのか」
首がもげるくらいにくせ毛を振り回した汐見泉は「よしっ!」と、軍人みたいにピシッと立ち上がった。
こいつ……野生動物並みに行動が読めない。
「汐見泉、今日から芸術に生きることをここに宣言します! 承認の橘君、宜しいですね」
「へ……あ、はい」
「よしよし。はあ~、やっとすっきりした。橘君、君はイケメンのいい人ですな。ありがと、じゃねー」
清々しい笑顔を振りまき、田舎のばあちゃんちから帰る子供みたいに千切れるほどぶんぶん手を振った汐見泉は、そのまま嵐のように去っていったのだった。
「……すげぇな、あいつ」
圧が。
笑いがこみ上がる。
やっぱ面白いやつ、と再認識。
明日直太に話してやろうと、笑いながら思っていたのだった。
クタクタになって直太と帰っている最中、数学の宿題があるのに教科書を置き勉したことに気づき、しかたなく一人で教室に戻ったら、燃え尽きたボクサーみたいな恰好で、自分の席に座ってぬぼうっとしている汐見泉がいたのだ。
呆然自失という四文字熟語そのものみたいな状態。魂が抜けすぎていて、一瞬幽霊かとマジでビビった。
「何してんの?」
恐る恐る声をかけたら、ふっと、汐見泉の覇気のない目がこっちを見た。
「やられた……」
「え……まさか、スマホ盗まれた?」
たまにそういう事件が起きるから、スマホや貴重品は学校に極力持ってこないようにと、今日の朝の会で担任が言ってたけど、早速やられたのかと驚く。
しかし汐見泉は、ブンブンと頭を全力で横に振ってみせた。
もこもこくせ毛が動きに半歩遅れてついてきて、なんか小動物っぽい。
「部活」と、汐見泉がつぶやく。
「うちのガッコー、2年の先輩が荒れてるから迂闊に運動部、特にバスケ部入ると指とか足とか、体の一部を持ってかれるらしいよーって噂真に受けて、バスケ部辞めて美術部にしたら、真実が2でウソが8だった……」
がっくりうなだれる汐見泉。
「え、そんな噂知らねーし……つか、知ってても都市伝説並みに胡散臭くて普通信じねーし」
「えっ??」
汐見泉が「うそっ!! ウソ? 嘘……いや、うそ……ぅそ?」と、バグっている。
にしても。
その噂をこいつに吹き込んだ奴は、こいつがバスケうまいことを知ってて言ったのか?
と、考えて、(そういえば)と、昨日の昼休みのことが浮かんだ。
「その噂、誰から聞いたん?」と、汐見泉に尋ねながら、昨日の和田たちの会話を思い起こす。
たしか「あの子、美術部入ったって」「良かったねー、晴美~」「レギュラーいただきだねっ」とか、和田グループがきゃいきゃい騒いでて、直太が「なんか晴美ちゃんたち、めっちゃ楽しそうだなー。何話してんのかなー。俺も仲間に入りてぇー」と、気にしていた。
(あれはそういう意味だったのか)
「いやぁ、噂は噂なんで誰からとかないっすよー。あ、でも、噂の間違いを指摘してくれたのは直太君って人で、なんかめっちゃ同情してくれた。いい人だなー。橘君の親友なんでしょ」
汐見泉が力なく笑う。
こいつ、俺の名前を知ってたんだな、と、ちょっと嬉しかった。
「つか、そういう事情あんなら、先生に言えば部活変更できんじゃね?」
「んーー、まあ~、でもー。そうだなぁ~」
もこもこしたくせ毛を両手で押しつぶしながら苦悶している。
なんとなくだけど、和田たちのことを庇おうとしている気がした。
こいつも直太と同じタイプのお人よしなら、十分あり得る話だった。
いいヤツ過ぎて、自分が損するタイプのお人よし。
「そうだっ! そうに違いない!!」
ぼんっと両手を髪から離した汐見泉が、急に叫びだす。
「うぉっ! いてっ!!」
いきなりのことに驚いて後ずさった太ももが、後ろの机にガンとぶつかって、めっちゃいてぇ。
「あ、大丈夫?」
「……いきなりどした?」
「いやね、これはもしかしたら天からの啓示かもしれんと思ったわけですよ。つまり、実は私には芸術的才能があって、神様が『あなたは~、そっち方面に~、いきなさい~。アーメン』とか言ってるんだと思う」
いや、ぜってぇ違うと思う。
お前の才能はバスケだと思う。
「うん。そうだ。そうに違いない。そうに決まってる。なんだ、そうだったのか」
首がもげるくらいにくせ毛を振り回した汐見泉は「よしっ!」と、軍人みたいにピシッと立ち上がった。
こいつ……野生動物並みに行動が読めない。
「汐見泉、今日から芸術に生きることをここに宣言します! 承認の橘君、宜しいですね」
「へ……あ、はい」
「よしよし。はあ~、やっとすっきりした。橘君、君はイケメンのいい人ですな。ありがと、じゃねー」
清々しい笑顔を振りまき、田舎のばあちゃんちから帰る子供みたいに千切れるほどぶんぶん手を振った汐見泉は、そのまま嵐のように去っていったのだった。
「……すげぇな、あいつ」
圧が。
笑いがこみ上がる。
やっぱ面白いやつ、と再認識。
明日直太に話してやろうと、笑いながら思っていたのだった。



