「ライラックの花が綺麗ねぇ。ね、汐見泉さん」
 ふと桜井さんに親し気な声質でフルネームを呼ばれ、我に返る。桜井さんは湯飲みを両手で包み込みながら優しく私に微笑みかけていた。
 それから、乙女チックに窓の外をほうっと眺める。
 つられて視線を向けると、外に生えている低木に鮮やかな紫色の花がポンポン咲いていた。

「おお~、ホントですね! めっちゃ綺麗ですねー。あれがライラックなんですねぇ」
 ライラックというフレーズは歌の歌詞とかでたまに出てくるけど、実物がどんななのかは知らなかった。ホント新鮮な驚きだ。

 桜井さんは私の驚きに、優しい微笑みを返してくれる。

(何それ、ステキ)

 やっぱりいい人に違いない。

(いや、でもなー)
 私の担当なのが引っかかる。

 そのうち「ところであなたのその髪、良いお花が活けられそうね」とか言いだすかもしれない。

 ふふっ。
 と、桜井さんが花のように笑った。


「ライラックの花言葉は確か、初恋、だったかしら」


(あ、可愛い)と見惚れる笑みだった。

 これはもう、たぶん絶対いい人だ、と、私は確信したのだった。