あのね。

 中学生の頃の私が「つきあって」を言えなかった最大の理由は『鼻の下の産毛』なの。

 産毛っていうより、もう髭ね。顔が普通だったうえに、私は体毛も濃かったの。
 特に鼻の下の髭は隠せないじゃない?

 抜いても抜いても生えてくるし、あの頃はまだ、永久脱毛はすごく高価で一般的じゃなかったから打つ手なしでした。
 毎日鏡を見るたびに「どうして私だけ」って泣きたくなって、嫌で嫌でたまらなかったわ。
 そんなこと、って思うかもしれないけれど、10代の私にとっては絶望的な欠点でした。

 だって少女漫画のヒロインに髭が生えてる子なんかいないじゃない?

 今にして思えば、些末なことだったのにね。
 あの頃、それに気づいて、ちゃんとコウタ君に『つきあって』って伝えていたら……なんて、今でも思うのよ。

 話を戻すと、つまり私は人並みに幸せな人生を歩みながらも、心の片隅にはずっとコウタ君に対する気持ちがくすぶっていました。
 それで私は、コウタ君といつ再会しても困らないように、おばあちゃんになっても身なりに気を付けて小ぎれいでいようと努力を続けていたような気もします。