翌日の放課後は、桜井さんから中庭に行きたいと申し出があった。
 中庭までは少し距離があるため、私は華奢な桜井さんを車いすに乗せて、すいすいリノリウムの廊下を進んでいた。

「中学校の卒業式が終わった三日後にね、私、コウタ君に告白したのよ」
「マジぃ~ですかぁ~!?」
 唐突にコウタ君告白の真相を語りだした桜井さんに、思わず奇声を発してしまった。

 周囲で作業していた高校生たちが何事かと振り返っている。

「ポメ、元気だなぁ」
 近くのトイレから橘までもが顔を覗かせた。

「出たな、ひょっこりイケメン」
「あ、サクライさん、こんちは」
「あら、こんにちわ」
 律儀に桜井さんに挨拶をかます橘の手にしているものは……どうやらトイレの詰まりを直していたらしい。
 橘が持つと黒いきゅっぽんまでもが勇者感を醸し出す。

「たっちばなー、きゅっぽんから、良くない水が垂れてるよぉ~」
 上階踊り場の手すりから身を乗り出して、ヤンキー系女子集団が「橘、汚な~」と甘ったるくきゃいきゃい笑っている。
 持っているゴミ袋の中身は見るからにスカスカだ。
 そしてやっぱり制服だ。仕事しろ。にしても相変わらず髪はサラサラだなぁ。

「うわ、やっべ」
 慌ててトイレに引っ込む橘。

「橘おもしろー」と黄色い声も笑いながら消えていく。
 無意識に髪をなでつけていた手を(こらっ)と叱って車いすに戻し、気を取り直して歩き出しながら桜井さんに伺った。

「でもスマホないですよね。てかガラケーもなかったんですよね? 卒業後にどうやって連絡取ったんですか?」
「スマホはなくても、イエデンはあったのよ。緊張したわぁ。お母さんが出たらどうしようってドキドキしながらレンラクモウを握りしめて電話をかけたの」

 そういえば、うちのおばあちゃんの家にも固定式の電話があった。
 あれが、イエデンだ。
 しかし、レンラクモウとは……れんらく、もう。もう……毛? 連絡毛。
 違うな、さすがに。

 桜井さんの話には、たま~に、わかりそうで、わからないような言葉が出てくる。そこはやっぱり時代を感じる。
 でも桜井さんの恋バナはちっとも古くさくない。

 女子って生き物の恋とか愛とかは、元祖恋愛小説の神、紫式部が降臨した平安時代くらいから変わらないんじゃなかろうか。
 などと思案しながら桜井さんの話の続きに耳を傾けた。