カナエが当時好きだった男子は野球部のピッチャーで、顔はコウタ君に及ばないものの、スポーツ少年的カッコよさが魅力のモテ男子だった。
 カナエとは中学三年間同じクラス。

「一年以上も片思いしていたのに、名前すら思い出せないなんて不思議ね」と、桜井さんが柔和に笑む。

 美術部をよくさぼっていたカナエに、『サボりの女王』とあだ名をつけた野球部君。
 春の修学旅行の時は、使い捨てカメラでこっそり隠し撮りした。

「夏の野球大会は、文化部みんなで試合の応援に行ったの。そしたらね」
 試合前のグラウンドにいた野球部君が、応援席のカナエを見つけ「よお」と手を振ってくれた。

「自分が特別な気がして舞い上がったのよねぇ」
 でも試合は一回戦敗退。

「弱小野球部だったの」
 桜井さんがくすりと苦笑する。

「まあ、そんなもんですよねー」
 うんうん。と私も腕組みをして頷いた。

 何を隠そう、わが母校の春園中学校も弱小野球部だった。つまり橘は弱小野球部のエースで4番だったのである。
 春園中学の中ではスター選手だったが、県のスポーツ強化学生に選ばれてないところを見ると、たぶん井の中の蛙クラスの実力だったんだろう。
 私の絵の才能くらいなもんだったんだろう。