撮影後の静かなカフェ。
窓際の席に向かい合って座る二人。かなめは台本を開き、真剣な顔でまなみに問いかけた。

「で、この主人公の心情なんですけど……先生の脚本では、“愛してない”って言ってるのに、次のシーンではヒロインを強く求めている描写があるんです。ここってどう解釈すればいいんでしょうか」

まなみの耳に届いた瞬間、胸の奥で小さく声が響いた。

(……って、本当にお芝居の相談なんかい。いやいや、別に期待してたわけじゃないけどさ? ちょっとめぐみが“デートかも”なんて変なこと言うから、ほんの少し……いや、ほんの1%だけ、かなめくん、私に気があるのかな、なんて思っただけで……)

自分で自分にツッコミを入れ、慌てて首を振る。

「先生? どうしました?」かなめが不安そうに眉を寄せた。「あ、僕……見当違いな質問してます? 本当に僕、ダメダメだなぁ」

「ち、違う違う!」まなみは慌てて手を振った。「ごめんね。かなめくんって、本当に真面目なんだなぁって思って」

「そうですか?」

「うん。こんなこと聞かれたの初めてだよ。勉強熱心なんだね」

かなめは少し恥ずかしそうに俯いた。
「いえ……僕は不器用なので。他の人の倍努力しないと追いつけないんです。だから、これくらい当たり前で」

「いや、当たり前じゃないよ」まなみは静かに首を振った。「やっぱりかなめくんをキャスティングしてよかった。主人公もね、かなめくんと同じ。不器用で、クールで、寡黙なんだけど、人一倍努力家で、真面目で……。人から誤解されやすいけど、ちゃんと信念を持ってる」

かなめははっと顔を上げた。

「だから、かなめくんはかなめくんのままでいい。演じようとしなくていいの。今のかなめくんが思ってることを、そのまま表現すればいい」

「今……僕が思ってること?」

「うん」

一瞬の沈黙。かなめの目が輝き、声が弾んだ。

「あ……!そうか! 先生、ありがとうございます!」

その声は子どものようにまっすぐで、胸を打つ熱を帯びていた。

「僕、明日からガムシャラに頑張ってみます!」

「うん」まなみは頬を緩め、思わず微笑んだ。

窓の外、夜の街の明かりが二人を優しく照らしていた。