楽屋のソファに腰を下ろし、台本をめくっていたまなみは、めぐみの言葉に思わず声を張り上げた。

「え?どういうこと? かなめくんってクビになる予定だったの?」

「まなみ、シーッ。声、大きいから」めぐみが慌てて制した。

「あ……ごめんごめん。ちょっとびっくりして」

「本当かどうか分からないけどね」めぐみは低い声で続けた。「社長が来月で契約切る予定だったらしいのよ。でも、そんな時にこのドラマが急遽決まったもんだから、クビは一旦延期になったみたい」

「……そうだったんだ。知らなかった」

「だから社長は、今からでも聖人くんに変更したいみたいよ」

「そんな……でもなんでそんなにクビにしたがるの? あの子、真面目そうだし、いい子じゃない?」

めぐみは小さくため息をついた。
「“いい子”だけじゃやっていけない世界なのよ、芸能界って。私、見てたら分かるでしょ?」

「うん」

「うん、って言うな」

「ごめん、つい……」

その時、不意にまなみのスマホが震えた。画面をのぞき込むと、見慣れない番号。

「誰だろ……。もしもし?」

『……あ、まなみ先生ですか? かなめです』

「えっ、かなめくん? なんでこの番号を?」

『マネージャーさんに聞きました。勝手にすみません』

「そうなんだ。全然大丈夫。で、どうしたの?」

『あの……今日の撮影のあと、お時間いただけませんか?』

「撮影のあと? まぁ、大丈夫だけど」

『良かった……。ちょっと、お話したいことがあって』

「分かった。じゃあ撮影後ね」

通話を終えたまなみは、首をかしげながらスマホを置いた。

「かなめくんだったの?」とめぐみが身を乗り出す。

「うん。このあと時間あるかって」

「え! デート?」

「そんなわけないでしょ」

「分かんないじゃない。今の時代、年上女性と年下男性が付き合って結婚するなんて、普通にあるんだから」

「いやいや、ないない。かなめくんは真面目だから、お芝居の相談でしょ」

まなみは笑ってみせたものの、胸の奥では妙なざわつきが広がっていた。
かなめが、わざわざ直通の番号を聞いてまで自分に連絡してきた理由――その本当の重みを、まだ知る由もなかった。