キャスティング・ラブ―運命の配役から始まる恋。

撮影が一段落し、現場の熱気が一瞬だけ緩んだ。
かなめは台本を握りしめたまま、監督のもとへ歩み寄る。顔には焦りと悔しさが滲んでいた。

「監督。す、すみません。失敗ばかりしてしまって」

「まぁ仕方ないよ」監督は苦笑し、肩をすくめた。「初めはみんなこんなもんだ」

「す、すみません……」かなめは視線を落とす。

「さっきのシーン、どこがダメだったか分かるか?」

「……僕の演技が硬かったです」

「そうだな」監督はうなずいた。「でもそれだけじゃない。君は主人公をもっと深く理解した方がいい。あの時、主人公はどうして彼女に思いを伝えようと思ったのか――それを考えるんだ」

「……深く考える?」

「ああ」監督は真剣な眼差しで言った。「演技ってのは、ただセリフを言うことじゃない。主人公の心を生きることなんだ。まなみ先生に直接聞いてみるといい。あの人は脚本にすべてを込めてる。きっと君にヒントをくれるさ」

「……はい。分かりました」

監督は少し口角を上げた。「頑張れよ。少年よ、大志を抱け、だ」

監督が去ると、入れ替わりにマネージャーの佐藤が近づいてきた。腕を組み、ため息を吐きながら。

「かなめ、大丈夫か? あんまり無理すんなよ。もしキツそうなら……まなみ先生を説得して、聖人に変わってもらうよう俺が頼むからさ」

その言葉に、かなめの目が鋭く光った。

「……佐藤さん」彼は低く言った。「まなみ先生の連絡先、知ってますか?」

「おお?」マネージャーは思わず笑みを浮かべた。「その気になったか。やっぱりグループのためには聖人が主演するのが一番だよな。えーと、連絡先はこれだ」

かなめは受け取った紙を握りしめ、まっすぐに言った。

「ありがとうございます。でも、僕……この仕事、最後までやり遂げます。やっと僕に回ってきたチャンスなんです。先生の期待に応えたいんです」

そして、深く頭を下げると、そのまま迷いなく控室の外へ駆け出した。

「……え、ちょっと待てよ」マネージャーは目を見開いた。「まなみ先生の連絡先……なんで聞いたんだよ」

だがかなめはもう戻ってこない。

「はぁ……また社長に怒られるじゃん」佐藤は頭を抱える。「あいつ、クビにしろって言われてんのに……。ああもう、厄介だわ、まなみ先生」

彼の吐き捨てる声が、空虚に現場に響いた。
一方その頃、かなめの胸には確かな炎が灯っていた。――二度と訪れないかもしれないチャンスを、絶対に掴み取るのだ、と。