撮影現場の空気が重く沈んでいた。
照明の下、カメラの前に立つのは――主演のかなめ。彼は固い表情で台本を握りしめ、緊張に喉を詰まらせながらセリフを口にした。

「ぼ、ぼくはきみがすきなんです」

「カット!」監督の怒声が響く。「硬すぎるよ、かなめくん!もっとリラックスして!」

「す、すみません…」
かなめは肩をすくめ、額に汗を滲ませて深く頭を下げる。

「もう一回いくぞ。よーい――アクション!」

「ぼ、ぼくは君がすきなんです」

「カット!ダメだ!何回言ったら分かるんだ!硬いんだよ、硬い!」

現場に緊張が走る。モニターの前ではプロデューサー田中が腕を組み、苦々しい表情を浮かべていた。その隣でスタッフたちが小声で囁き合う。

「田中さん、大丈夫そうですか? あの子」

「大丈夫じゃないな、ありゃ……」田中は低く吐き出す。「再現VTR以外で演技なんてほとんど経験ないらしい。それがいきなり主演だ。しかもまなみ先生の恋愛ドラマのな」

「なんであの子だったんです? 聖人くんとか大地くんで良かったじゃないですか」

「俺だってそう言ったさ」田中は苛立ち混じりに頭を掻いた。「けど先生が『主人公のタイプと違う』って、頑として譲らなかったんだ」

「……それで、かなめくんに?」

「ああ。正直怖いよ。ドラマが転けたら俺の出世は遠のく。マンションのローンもあるし、娘の学費もだ……」田中の顔に汗が浮かぶ。「お前ら、かなめを徹底的に指導しろ。絶対に仕上げろよ」

「は、はい!」スタッフたちは慌てて頷く。

田中が去ったあと、現場の隅でスタッフ同士が顔を見合わせた。

「……指導って言っても、何をどうすればいいんだよ」

「さあな……」

「ていうか、あのかなめって本当に大丈夫か? 俺、聞いたぞ。グループでも全然目立たなくて、人気ゼロで……事務所に契約切られかけてたって」

「え?」

「マジな話だ。歌もダンスもパッとしない、ファンもつかない。いわばグループのお荷物だって噂。……そんな奴を主演に据えるなんて、プロデューサーも無茶したもんだよな」

「……ですね」

重苦しい囁きが飛び交う中、カメラの前でひとり立ち尽くすかなめは――必死にセリフを繰り返していた。
声は震え、表情は硬い。
だがその目の奥だけは、何かを訴えるように燃えていた。