問題は小学一年生が一人暮らしできるか問題だ。
ご飯を作るのも、お風呂に入るのも、お掃除するのも……まあ、家事全般一人でやるのはキツい。
そもそも世間体を気にする鬼ババアたちが小学生の私を一人暮らしさせるだろうか?
鬼ババアを納得させるにはどうしたらいい?
「どうかした?」
「えっと、家から出るのは、賛成。出たい、こんな家。でも、私……子どもだから……一人暮らし、多分、難しくて……」
「難しいの?」
「難しいと思います。普通、人間が一人暮らしを始めるのは高校生くらいからですので」
「そうなのか。でも、海沿いのあの家なら鏡を置けば僕も霊道を通って遊びに行けるしな。粦はなにかいい案はある?」
そうですね、と粦さんが顎に手を当てて考え込む。
あの鬼ババアを説得して、私を一人暮らしさせるためにどうしたらいいか。
私も考えてみるけれど、いい考えが浮かぶはずもない。
「それでは菊子にこう言うといい。『海沿いの別邸にいる悪霊を祓うから、あの家の管理を私にさせて』と」
「悪霊いるの!?」
「正確には屋敷の裏にある竹林に、ちょっと強いのが彷徨いているんた。菊子にはもしかしたら悪霊の存在がわからない可能性があるから、僕から一筆書いて縁側に置いておこう。それを見たらわざわざ真宵が言うまでもなく、押しつけてくるかもしれない」
「あ、ああ……」
言いそう。
粦さんに半紙を頼み、墨と筆も用意して秋月がすらすらと文字を書く。
それを粦さんへ「これを僕の離れの縁側においでおいで。直接菊子に渡してもいいよ」と手渡す。
「はい。行ってまいります」
「まあ、霊力があれば読めるはずだからね」
「え? 墨で書いてたよね?」
「僕が霊体だからね。墨を通しても、文字の体をなしていないんだよ。まあ、菊子くらいの霊力があれば僕の意図は汲み取れるとは思うんだよね。さすがに。仕事としてやっているんだから。さすがに読めないとまずいかな?」
まずい可能性があるのまずくない?
とは思うけれど、さすがにか?
秋月が「真宵はもう少し眠っていなさい。病み上がりなのだから」と布団に再び押し込まれる。
横になると急速に体が重くなった。
あれ、体……こんなに重いの?
「ありがとう……なんか……怠くなってきた……」
「それはそうだろう。こんなに小さな子に怪我を負わせて……。菊子にはなにか悪霊でも憑いているんじゃないかと思ってしまうよ」
「悪霊……」
「そうだよ。悪霊や悪魔は人の気を吸う。人の気……いわゆる生命力だ。それを吸い上げて、弱ったらトドメを刺して命の最後の一滴まで吸い上げる。だから悪霊と悪魔は危険なんだ」
唇が震える。
めちゃくちゃ怖い。
そんな怖い話、寝る前に聞かせないでよぉ。
でも、そんなふうに聞かされたら気になることが出てくる。
「悪霊と悪魔って、どう違うの……?」
聞いた感じどちらも同じような存在だけれど、なにが違うのだろう?
ランクをつけるのであれば悪霊の上が悪魔、悪魔の上に悪鬼、悪鬼の上に祟り神、らしいけれど。
「悪霊は祓えるが、悪魔は倒さなければならない。どちらも人に取り憑くが決定的な違いは存在の邪悪さ。悪霊はその人の人格が優先されるが、悪魔は人格ごと乗っ取るんだ。悪霊は人の体に取り憑くが、悪魔は人の心と体、どちらにも入り込む。変な話に聞こえるが、悪魔の方が“質量”が多いんだ。だから入り込まれると人間は押し潰されて、心身ともに弱っていく。直接的な命に関わる病を患う」
「……っ……」
「悪霊はね、まだ浄化が通用するんだよ。でも悪魔は通用しない。倒すしかない。天に召させるのが悪魔への救済となる。そのぐらい、似て非なる存在なんだ。当然危険度もそのくらい違うよ」
「こわい……」
「そうだよ。怖いよ。だから強くならなければ」
そうだよね。
私強くならないと。
悪魔よりも、悪鬼よりも上の祟り神が最終的なラスボス。
祟り神は『必ずなにかを奪う』神。
神だから、こちらが謙って願いを奉らなければならない。
なにかを奪う。
私が、他者からなにかを奪う“神”になる。
悪霊と悪鬼の話を聞いたあとだと、祟り神のヤバさがしみじみと理解できた。
そんな恐ろしい、物体ではなく霊体で人を殺める力があるモノ。
「……私、そんな強い悪霊と戦えないよ……」
「そうだね、まだ難しいだろうね。でもいつか必ず君ならば勝てるようになるよ。君にはその才能があるから。自分を信じて、今は体と心を休めなさい」
「うん……」
瞼の上に手を翳されて、眠気がドッと押し寄せてきた。
眠い。
ダメだ、眠い……寝る……。
おやすみ、なさい……。
「秋月様、奥様にお渡ししてまいりました」
「どうだった? 読めるようだった?」
「はい。さすがに」
それはそうだろう。
仮にも現当主があれを読めないのは千頭山家の血筋の者としても失格。
そこまで弱体化していたとしたら、別の意味で計画を考え直さなければならない。
「真宵のように生まれつき霊力が高い子が生まれてきたのは、運命なのだろうか。僕もそろそろ限界だからね。この子があと数年すれば、菊子の中の悪霊を追い出せるほどの力を開花させることだろう」
「はい。菊子様が正気に戻られれば、あとは礼次郎様のみ。玲太郎様の怨念が取り払われなければ、秋月様も……」
「早く成長してほしいけれど、この屋敷にいては命の危険がある。なんとかここから逃さなければね」
「はい」



