理科室のドアの前に立った私は、手を伸ばしかけて止まった。
ノブに触れた指先が、妙に冷たく感じる。

(……行こうかな、やめようかな)

昨日の倉田先生の顔が脳裏に浮かんだ。
「優しい」って思ってたのに、マサキが来た瞬間、まるで別人みたいに鋭い目をしていた。

あれは、なんだったんだろう。



「イナ、今日も行くの?」
背後から声がして振り返ると、マサキが鞄を肩に掛けて立っていた。

「え? いや……あの、今日は……」
曖昧に笑ってみせると、マサキがふっと息を吐いた。

「無理すんなよ」

その言葉が、胸の奥に刺さる。
(……やっぱり、心配してるんだ)


理科室に行くのはやめて校庭のベンチに座ってぼんやりグラウンドを眺めていた。
サッカー部の掛け声とボールを蹴る音が、オレンジ色の空に溶けていく。

そのとき——コロコロとボールが転がってきた。
拾おうと手を伸ばした瞬間。

「ありがとーっ!!!」

サッカー部員が、まるでゴールに向かうみたいに一斉に走ってきた。
彼らの視線は、ボールより私に集まっていて——

「え、ちょっ、なに!?えっ!?えっ!?
みんなくるの!!?」

慌ててボールを放り投げ、そのまま校舎の中へ逃げ込んだ。
胸がドキドキして、足が止まらない。

(まただ……また、変な感じになってる……!)



昇降口の影に身を隠し、スマホを握りしめて深呼吸した。
そのとき、震える着信。

画面には「倉田先生」。

(……あ、そうだ。先生が“万が一のため”って言って連絡先を交換してくれたんだった)

恐る恐る応答すると、いつもの落ち着いた声が聞こえた。

「イナ、今どこにいる? さっきグラウンドで大変だったろう」

「え……あ、見てたんですか」

「気になってな。無理はするなよ。何かあれば、すぐ連絡してこい」

その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
安心と、ほんの少しの特別感