放課後の昇降口。
人だかりを避けるように、私はこっそり廊下を逆方向へ歩いていった。

(また今日も……)

スマホを向けられるのはもう嫌だった。
だから最近は、下校のタイミングをみんなとずらして——理科室に寄るのが習慣になっていた。



「また来たんだな」

扉を開けると、倉田先生が白衣姿で振り返った。
机の上には実験で使ったフラスコやビーカーが並んでいる。

「先生、片付け手伝います」
そう言うと、先生は少し驚いたように眉を上げて、すぐに微笑んだ。

「……助かるな。でも無理するなよ」

その声はいつもより柔らかく聞こえた。



二人で並んで器具を洗い、布で拭く。
ビーカーを受け取るとき、指先がほんの一瞬触れた。

「っ……!」
胸の奥が熱くなる。

「どうした?」
「な、なんでもないです!」

慌てて布巾に視線を落とす。
白衣の袖口が近くて、先生の体温が伝わってくるような気がした。



「最近、教室で大変そうだな」
器具を棚に戻しながら、先生がぽつりと言った。

「……見てたんですか」
「教師だからな。困ったら、ここに来ればいい」

短い言葉だったけど、胸に深く響いた。
“守られてる”って思った瞬間、涙が出そうになった。

「ありがとうございます」
自然と声が小さくなる。



その日の理科室は、静かで、安心できて、心臓が少しドキドキしていた。

(……やっぱり、先生って、頼りになる)