翌朝、教室の扉を開ける前から、心臓がバクバクしていた。
ネットに切り抜きが出回って、私の名前まで書かれている。
——“観覧席の女の子、かわいすぎ”
——“あの子だれ!?特定はよ”
そんなコメントが、夜のうちに山ほどついていた。
検索したらすぐに私の学校名、果ては過去の文化祭写真まで見つけられていて、正直、笑えなかった。
(今日、どんな顔して入ればいいんだろう……)
手が震える。
けれど深呼吸して、意を決してドアを開いた。
⸻
「お、おはよう……イナ!」
教室中の視線が一斉にこっちへ向かう。
ざわっ、と空気が動いた。
(うわ、やっぱり……!)
視線が痛い。
黒板の落書きすら逃げ場にならない。
「イナちゃん、テレビ見たよ!」
「ネットで見た!やばい、めっちゃかわいかった!」
「同じクラスって自慢していい!?」
口々に声をかけられて、椅子にたどり着くまでが遠かった。
田中まで机をトントン叩いてきて、目を輝かせている。
「イナ、やべぇよ!“観覧席の奇跡”ってスレ立ってるからな!」
(観覧席の……奇跡!?)
⸻
「なあ、これ絶対イナだよな?」
休み時間、教室の後ろからそんな声が聞こえた。
ちらっと覗くと、松岡がスマホを掲げてニヤついている。
画面には——
私が学食で友達と話している姿。
まるで雑誌のグラビアみたいに切り取られて、勝手にネットに上げられていた。
「ちょっと!? 盗撮!?」
思わず声を荒げたけど、松岡は悪びれる様子もなく笑った。
「だって映えるだろ? 案の定、もうバズってんぞ。ほら、再生数」
目を疑った。数時間で何千も回っている。
コメント欄には「この子誰?」「めっちゃかわいい」「うちの学校?」と知らない人たちの言葉が並んでいた。
⸻
それからまた、空気は一変した。
「イナちゃん、昨日の動画見たよ!」
「サインちょうだい!」
「次は俺と一緒に映ろうぜ!」
冗談半分、本気半分の声が押し寄せてくる。
ただ歩くだけで注目され、ただ座るだけで写真を撮られそうになる。
(……これ、ホントに幸せなの?)
ちょっとくらいモテてもいいかも、って思ったのは事実。
でも、こうやって勝手に見られて、勝手に切り取られて、
私じゃない“イナ”が一人歩きしていくのは、どうしても苦しかった。
⸻
そんなとき、隣でマサキが笑った。
「なあ、ネットで騒がれてるお前よりさ——
俺は、プリント渡すときに変な顔するイナのほうが面白いけどな」
「……なにそれ」
思わず吹き出した。
他の誰も知らない私を、いつもの私を見てくれる人がいる。
それだけで、胸が少し軽くなった。
⸻
夜。
机に突っ伏してため息をつく。
スマホを開けば、また新しい通知。
「モテるって……幸せそのものだと思ってたけど」
つぶやいた声は、誰にも届かない。
胸元の小さなホクロだけが、黙ってそこにあった。
(でも……もし、誰かに見られるなら)
画面に反射した自分の顔を見ながら、心の中で思う。
——マサキにだけなら、いいかもしれない。
ネットに切り抜きが出回って、私の名前まで書かれている。
——“観覧席の女の子、かわいすぎ”
——“あの子だれ!?特定はよ”
そんなコメントが、夜のうちに山ほどついていた。
検索したらすぐに私の学校名、果ては過去の文化祭写真まで見つけられていて、正直、笑えなかった。
(今日、どんな顔して入ればいいんだろう……)
手が震える。
けれど深呼吸して、意を決してドアを開いた。
⸻
「お、おはよう……イナ!」
教室中の視線が一斉にこっちへ向かう。
ざわっ、と空気が動いた。
(うわ、やっぱり……!)
視線が痛い。
黒板の落書きすら逃げ場にならない。
「イナちゃん、テレビ見たよ!」
「ネットで見た!やばい、めっちゃかわいかった!」
「同じクラスって自慢していい!?」
口々に声をかけられて、椅子にたどり着くまでが遠かった。
田中まで机をトントン叩いてきて、目を輝かせている。
「イナ、やべぇよ!“観覧席の奇跡”ってスレ立ってるからな!」
(観覧席の……奇跡!?)
⸻
「なあ、これ絶対イナだよな?」
休み時間、教室の後ろからそんな声が聞こえた。
ちらっと覗くと、松岡がスマホを掲げてニヤついている。
画面には——
私が学食で友達と話している姿。
まるで雑誌のグラビアみたいに切り取られて、勝手にネットに上げられていた。
「ちょっと!? 盗撮!?」
思わず声を荒げたけど、松岡は悪びれる様子もなく笑った。
「だって映えるだろ? 案の定、もうバズってんぞ。ほら、再生数」
目を疑った。数時間で何千も回っている。
コメント欄には「この子誰?」「めっちゃかわいい」「うちの学校?」と知らない人たちの言葉が並んでいた。
⸻
それからまた、空気は一変した。
「イナちゃん、昨日の動画見たよ!」
「サインちょうだい!」
「次は俺と一緒に映ろうぜ!」
冗談半分、本気半分の声が押し寄せてくる。
ただ歩くだけで注目され、ただ座るだけで写真を撮られそうになる。
(……これ、ホントに幸せなの?)
ちょっとくらいモテてもいいかも、って思ったのは事実。
でも、こうやって勝手に見られて、勝手に切り取られて、
私じゃない“イナ”が一人歩きしていくのは、どうしても苦しかった。
⸻
そんなとき、隣でマサキが笑った。
「なあ、ネットで騒がれてるお前よりさ——
俺は、プリント渡すときに変な顔するイナのほうが面白いけどな」
「……なにそれ」
思わず吹き出した。
他の誰も知らない私を、いつもの私を見てくれる人がいる。
それだけで、胸が少し軽くなった。
⸻
夜。
机に突っ伏してため息をつく。
スマホを開けば、また新しい通知。
「モテるって……幸せそのものだと思ってたけど」
つぶやいた声は、誰にも届かない。
胸元の小さなホクロだけが、黙ってそこにあった。
(でも……もし、誰かに見られるなら)
画面に反射した自分の顔を見ながら、心の中で思う。
——マサキにだけなら、いいかもしれない。



