観覧の日。
私は少しだけ気合いを入れて、鏡の前に立った。

白いブラウスに紺色のカーディガン。髪は丁寧にアイロンを通して、いつもよりほんのり大人っぽく。
「テレビに映るかもしれない」って言葉が、頭から離れなかったから。

(……ホクロ、まだある)

胸元に手を当てると、艶ぼくろは今日もしっかりとそこにいた。
心臓が、ちょっとだけ早く打つ。



スタジオに入ると、眩しい照明と観客のざわめきに圧倒された。
男子たちは「よっしゃー!最前列だ!」と大はしゃぎ。
隣のマサキだけは落ち着いていて、ため息混じりに私を見た。

「……お前、なんでこんな騒ぎに巻き込まれてんだか」

「私のせいじゃないもん!」

そんなやりとりをしている間に、番組が始まった。



「それではご登場いただきましょう! 九条キョウコさんです!!」

\ワァァァァァァァァァァァ!!!/

歓声と拍手が一気に爆発する。
パープルのワンピースに身を包んだ九条キョウコがステージに現れた瞬間、会場の空気が変わった。

(……本物だ)

オーラがすごい。
同じ人間なのに、まるで別世界の住人みたい。

そして視線は、自然と彼女の胸元へ。
鎖骨の下に、艶やかに輝くホクロ。

その瞬間——

ムズッ……ムズムズムズ……!

(え!?……!?)

自分の胸元がかすかに疼いて、慌ててブラウスを押さえる。
そこには、今朝も確かにいた“艶ぼくろ”が、まるで共鳴するみたいに熱を帯びていた。



「カメラ! あの子抜いて!」
「誰だ?観客の三列目……! 顔、めっちゃ映えるぞ!」

スタッフがざわめき、1カメ、2カメ、3カメが次々に私の方へ向けられた。

「おいおい……なんで私!?!?」

モニターに自分の顔がドアップで映った瞬間、スマホが震える。

【LINE:田中】「イナ!今テレビ出てる!!全国放送!!!」



番組が終わるころ。

「ちょっと失礼、お嬢さん」
スーツ姿の男性が近づいてきた。

「もしよければ、うちの事務所で……」

スカウト!? 本当に!?

けど、その手前にマサキが立ちはだかった。

「すみません、こいつ、体調悪いんで」

「え、ちょ……」

私の手をぐいっと引き、出口に向かうマサキ。
振り返ると、男子たちが口々に「イナぁぁぁ!」と叫んでいた。



「……なに今の。スカウト!? マジ怖かったんだけど」

「だろ。……やっぱりただのホクロじゃねぇよな」

マサキは真剣な顔で言って、それからふっと笑った。

その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
ホクロのせいなのか、私自身のせいなのか——わからなかったけど。