昼休みのチャイムが鳴ると同時に、
私は中庭へ向かう松本先輩を廊下で呼び止めた。

「松本先輩!」

彼が振り返る。
いつもの笑顔。なのに、今日はその笑顔に救われたくなかった。

「どうしたの?今日は中庭で食べないの?」

「……話があるの。中庭は、もう行かない。あなたの親衛隊がいつも窓から見てるから。
 ……体育館裏に来て。」

松本先輩は少し驚いた顔をしたけれど、うなずいてついてきてくれた。
体育館裏。人の気配が遠くなる。風の音と、ボールの跳ねる音だけが響いていた。



「今日ね……上履き、隠されてたの。」

「……え?」

「クラスの男子が見つけてくれたんだけど、
 中に丸まった紙が入ってて。
 “松本くんに近づくな”って書いてあった。」

言葉を吐き出すたびに、胸の奥がじわじわ痛くなっていく。

「もう……少し距離を置こうと思って。
 お昼も、一緒にいないほうがいい。」

松本先輩は一瞬、言葉を失ったようだった。
まつげの影が頬に落ちて、ゆっくりと視線を落とす。

「……ごめん。俺のせいだ。
 女の子たち、そこまでするなんて」

綺麗な顔が困った顔に変わると切なくなる

 「どこに行ってもついてくるんだ。居場所がなくて。だからイナとは似たもの同士って嬉しかったんだ」

胸の奥がぎゅっと締めつけられた。



「……わたしこそ、ごめん。」

声が震えた。

「松本先輩は悪くないのに。
 朝ね、私の上履きを毎朝拝んでる人がいるって聞いて……
 なんかもう、限界がきて。
 松本先輩に八つ当たりしたのかも……」

言葉が途切れる。
気づけば、頬を涙がつたっていた。

止まらなかった。



「……イナ」

松本が一歩、近づいた。
そのまま、ふわりと腕の中に引き寄せられる。

驚いて、声も出なかった。

胸に響く心臓の音。
あたたかくて、でもどこか切ない匂い。

「体育館裏に呼び出された時、正直、告白されるのかと思ったんだ。
……その時から、抱きしめたいって思ってた。
 でもまさか泣き顔見て、抱きしめることになるなんてね‥‥」

顔を上げると、困ったように笑う松本がいた。
その笑顔が、涙よりもずっと胸に刺さった。



「昼休みは一旦なしにしよう。……ありがとう。」

そう言って、松本先輩は背を向けた。
風がシャツを揺らす。

残された私は、涙の跡を指で拭った。
そして、胸元をそっと押さえる。

――そこに、ほくろがあるのが、なんだか悔しかった。