昇降口に足を踏み入れた瞬間、違和感が走った。
――上履きが、ない。

ロッカーの奥を何度も覗きこむ。
どこにも、ない。
頭の中が一瞬で真っ白になった。

「……なんで」

とりあえず来客用スリッパを履いて、俯いたまま教室へ。
足音が、コツ、コツ、と不自然に響く。
みんなの視線が足元に落ちてくるのがわかる。




教室に入ると、誰もいないはずの自分の席の上に、
“それ”があった。

ピンクの上履き。
つま先が少し汚れて、まるで「拾われたばかり」のように置かれていた。

息を呑んだ瞬間、後ろから声がかかった。

「イナ、お前……嫌がらせされてね?」

振り向くと、松岡が神妙な顔で立っていた。

「……なんで?」

「この上履きな、朝みんなで探したんだよ。
 飯田が“イナの靴がない!”って騒いでさ。
 男子で協力して探したら……教室のゴミ箱にあった。」

「……ゴミ箱、に?」

喉の奥がカラカラに乾く。

「飯田くん、ありがとう。
 ほんと、助かったよ。
……ん?気づくって、どういう――」

そのとき、松岡が気まずそうに目をそらした。

「……あー、その。
 毎朝、イナの靴……拝んでから教室来てたらしい。
今朝も拝もうとしたらなかったらしい」

「…………は?」

時間が止まったみたいだった。
何も考えられなかった。
頭の中に「拝む」という単語だけがぐるぐる回る。

どくん、どくん、と心臓が痛い。
笑えばいいのか、泣けばいいのか、わからなかった。

――ああ、もう、限界かもしれない。



机の上の上履きが、
ただの布とゴムのかたまりじゃなくて、
“呪い”のように見えた。