校舎の外、夕焼けに染まったグラウンドから部活の声がまだ響いていた。
でも、イナの耳にはもう何も届かなかった。

「イナ……」
呼ぶ声が優しくて、涙腺が一気にゆるむ。

マサキが手を伸ばしてくる。
その手に触れた瞬間、ぶわっと涙があふれた。

「……こわかったぁ」
か細い声でやっと絞り出す。

マサキは強く抱きしめてくれた。
「馬鹿。なんで俺の言うこと、信じなかったんだよ」

「だって……だって先生だし……大人だし……守ってくれると思ったんだもん……」

「違う。あいつは……もう、先生としての一線を越えてた」
マサキの声が震えてるのが分かった。
怒りと、心配と、そして焦り。

「……お前が泣いてんの、見たくなかった」

胸の奥がじんわり熱くなる。
守られてる安心感が、倉田先生のときとは違ってた。
そこにあったのは、大人の余裕じゃなくて——同じ目線で必死に守ろうとする気持ち。

「……ありがと、マサキ」
ぽつりとそう言ったら、マサキが不意に目をそらした。

「別に……。俺が勝手にそうしてるだけだし」

でも、その耳が赤くなっているのをイナはちゃんと見てしまった。



夜、部屋に戻って制服を脱いだとき。
鏡に映る自分の胸元。

そこに浮かぶ艶ぼくろは、相変わらず小さくて、でも存在感を放っていた。

(これも……私を、試してるのかな)

窓の外でカラスが鳴いた。
その声に背中を震わせながら、イナは布団に潜り込んだ。

次の日もきっとまた、騒がしい一日が待っている。
でも——マサキの声があれば、私はきっと大丈夫。