「……ああ、うん。無理はするな。何かあったら、すぐに俺に言えよ」

理科室の窓際。
低い声が落ち着いて響いていた。

倉田先生はスマホを耳にあて、誰かと話している。
白衣の袖口を片手で押さえながら、声だけはやわらかい。

「……大丈夫。君のことは、俺が見てるから」

その言葉と同時に、廊下の向こうから靴音が近づいてきた。

カツ、カツ、カツ。

ドアがガラリと開き、マサキが顔を出す。
先生は一瞬だけ視線を外し、スマホの画面をタップした。
「ピッ」——通話終了の電子音。



「今の……イナだろ?」

マサキの声は低かった。
理科室の空気が一気に張りつめる。

「先生が、生徒と電話? おかしいだろ」

倉田先生は、机の上にスマホを静かに置いた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。

「これは君には関係ないことだ」

「関係なくない!」
マサキが一歩踏み込む。

一瞬の沈黙。
倉田先生はふっと目を細め、声のトーンを変えた。

「……イナは俺が見てる」

その響きは優しさをまとったものではなかった。
冷たく、揺るぎなく、まるで「所有」を告げるかのように。

マサキの喉が詰まった。
拳を強く握りしめる。

「……やっぱり、あんた……ただの先生じゃない」

理科室に残ったのは、白衣の先生と、突き刺さるような沈黙だけだった。