夜、机に広げたノートの上に突っ伏していた。
やる気のない数式と格闘しているうちに、鉛筆を握ったまま夢の世界に片足を突っ込んでいたのだ。

——ブルルル。

机の端でスマホが震える。

(……倉田先生!?)

一瞬で目が覚めた。
慌てて背筋を伸ばして、喉を鳴らしてから通話ボタンを押す。

「……もしもし?」

『イナか。夜分に悪いな』

落ち着いた低い声が耳を満たした瞬間、心臓がドクンと鳴った。
慣れているはずの先生の声なのに、距離が近すぎて変に意識してしまう。

「え、えっと……先生、どうしたんですか?」

『今日、大丈夫だったかと思って。サッカー部に囲まれてただろ、無事帰れた?』

「……あ、はい。平気です」

『そうか。……顔色も悪かったから、気になって』

(そんなとこまで見てたんだ……?)

胸の奥がじんと熱くなる。
気遣いの言葉ひとつで、こんなに揺れるなんて。

電話の向こうで少し間が空いた。
その沈黙すら落ち着いていて、余計に心拍が早まる。

『……まあ、無理はするな。何かあればすぐに言え。夜でも構わないから』

「……はい」

返事が小さすぎて、自分の声なのに聞き取れないほどだった。

通話が切れたあと、私はスマホをぎゅっと胸に抱いた。
さっきまで眠気と戦ってたくせに、今は逆に眠れそうにない。

(先生、ずるい……)

まぶたを閉じても、耳に残る声が消えてくれなかった。