艶ぼくろ——それは、運命を動かす小さな点。

胸元に宿るその黒いしるしは、
恋を引き寄せ、人を惹きつけ、
ときに注目を集め、ときに試練を呼び込む。

昔から「胸のホクロは、色気と宿命のあかし」と言われてきた。
それは、前世からのカルマか。
それとも、偶然に見えて、人生を導くサインなのか。



「あれ? こんなところに……ホクロなんて、あったっけ?」

朝、鏡の前で制服のボタンをとめながら、イナは眉をひそめた。
胸元。ちょうどボタンの隙間に隠れるあたり。

小さくて黒くて、ほんのり色っぽい。
けれど触ってみても、シールでも汚れでもなく、ちゃんと肌の一部としてそこにいた。

「ま、いっか」

軽い気持ちで学校に向かったけれど——
その日から私のテンションは、ぶっ飛んでいくことになる。



「イナ……お、おはよっ」

同じゼミの田中。
いつもは“地味ーズ代表”って私をからかっていたくせに、今日は妙にぎこちなく声をかけてきた。しかも、目をそらしながら。

「……どしたの、田中?」

「え? いや、その……髪型、変えた?」

(変えてないし!!!)

続いて、サッカー部の松岡。学年イチのチャラ男。
突然目の前に立ちふさがってきたかと思えば、

「なあ、今日めっちゃ雰囲気ちがくね? ……いや、ふつうに可愛いじゃん」

(だれ!?)



気づけば話しかけてくる男子が倍増。
顔が近い。距離感おかしい。なんか視線も低い。

(ちょっと、なにこれ!? 私の人生、バグった!?)

あまりの状況に逃げ出すように中庭へ。
ベンチに腰かけ、水筒をあけて深呼吸したとき——

「お前、なんかあったの?」

スニーカーを鳴らして現れたのはマサキだった。

「いや今日さ、めっちゃ声かけられてただろ?……フェロモン香水でもつけた?」

「つけてないし!!」

「うっそだ〜。だって田中の“お、おはよう……”は完全に裏返ってたし」

「やめて!再現しないで!リアルにキツいから!」

軽口を叩いて場を和ませるのはマサキの得意技。
けど今日は、その軽さを素直に受け止められなかった。



マサキがふと横を向いたとき——イナのブラウスの隙間から胸元がちらっと見えてしまった。
でも「胸元、見えてるよ」なんて言えるわけもなく、出た言葉はヘンなものだった。

「……ほくろ、見えてるぞ!」

「え?」

慌てて下を向けば、そこにいた。
今朝見つけたばかりの、あのホクロ。

「……あ、これ……今朝いきなりできてたんだよね」

ブラウスを直しながら答える私に、マサキが少し真顔で言った。

「大丈夫かそれ? 急にほくろって……なんか怖くね? 皮膚ガンとか」

「やめてよ!めっちゃ気になってきたじゃん!」

「じゃあ調べてやるよ……“胸元 ホクロ 意味”っと」



画面をのぞき込むと、そこにはこんな言葉が並んでいた。

《胸元にホクロがある女性は、異性を惹きつける》
《スピリチュアル的に“モテ期の印”とも言われる》

「……なにこれ、ガチでモテぼくろじゃん」

「うそでしょ……」

スクロールした先には有名女優やアイドルの写真が並び、
その中のひとつをマサキが指差した。

「……お前のホクロ、女優の九条キョウコと同じ位置にあるぞ、艶ぼくろだってさ」

「……ほんとだ」

ふたり同時に息をのんで、次の瞬間なぜか笑いが込みあげる。



私の胸元に生まれた、正体不明の“艶ぼくろ”。
これは、これから始まる何かの——最初の一滴だった。