「──陛下って、ルーチェ様に好きとか愛してるって伝えてるんですか?」

 エヴァンがとんでもない発言をしたのは、春を目前にしたとある日のことだった。

「エ、エエエ、エヴァンッ! お前、ジルに何てことを聞いてるんだ!」

「何って、恋バナですよ。男と男の!」

「おまっ……!」

 質問をされたのはヴィルジールだというのに、何故かその隣にいたアスランが顔を赤くさせたり青くさせたりしている。ヴィルジールはというと、眉一つ動かさずに涼しい顔で書類を眺めていた。

「……で、どうなんです?」

 エヴァンは書類で顔を隠しながら、謎のカニ歩きでヴィルジールに近づく。

 ヴィルジールは呆れたようにため息を一つ零すと、手に持っていた書類をくるくると丸めて棒状にし、エヴァンの頭へと目掛けて振り下ろした。

 スコッといい音が鳴り、エヴァンが変な声を上げる。

「ちょっと、何をするんですか!」

「くだらない質問をする暇があるなら、仕事をしろ」

「今日の分は終わってますから! 陛下の裁可待ちをしてるんですぅ」

「ならば即刻帰れ。時間外労働は厳罰に処す」

「…………それ、十年前に聞きたかったです」

 エヴァンはへなへなと笑いながら、ヴィルジールの背後に回る。凝り固まっているであろう両肩に手を置くと、怪しげなマッサージを始めた。

「……触るな。下手くそが」

「酷いです! 私は陛下の為を想ってっ……」

「いらん。肩はルーチェにほぐしてもらっている」

 エヴァンはぱちくりと瞬きをしたのちに、ヴィルジールの顔を覗き込んだ。相も変わらず無表情だが、そこに以前のような冷たさや鋭さは感じられない。刺々しさが抜け、角が丸くなったような──そんな気がしたのは、二十年以上誰よりも近くにいたエヴァンだからだろう。

「……フフン、陛下ったら」

「何だ?」

「ルーチェ様に愛されておいでのようで。お幸せそうで何よりですが、たまには自分の気持ちをちゃんと言葉で伝えないといけませんよ。女性というのは、そういうことで不安になってしまうものですから」

「……独り身のお前に言われても、何の説得力もないんだが」

「私が独り身なのは、どこかの誰か様の所為なのですが!」

 人のせいにするな、と肩を落としたヴィルジールの表情は、淀んだ空から差し込んだ一筋の光のように澄んでいて。そんなヴィルジールを見たエヴァンは、アスランと顔を見合わせて笑った。


 ──その数日後。ヴィルジールは大きな花束を持って、ルーチェの部屋を訪れた。鮮やかな赤色のその花は、帝国で男性が意中の女性に愛を伝える時に渡すもので。
 古くからプロポーズする時や夫が妻への感謝を伝える時に贈られるものだが、その花の名も意味合いも知らないルーチェは、それはそれは幸せそうに笑って受け取っていたという。