父親の脅しに、俺は微笑んだ。

「構いません。俺にとって一番大切なのは、梓です。彼女を失うくらいなら、すべてを捨てます」

父親は、俺を見つめたまま長い沈黙を保った。

その瞳には、怒りと、そして──どこか寂しげなものが混じっていた。

「お前は……本気なんだな」

「はい」

「分かった」

父親が深いため息をつく。

「好きにしろ。だが、後悔するなよ」

その言葉に、俺は少し驚いた。もっと激しい抵抗を予想していた。

「ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはない。お前が自分で選んだ道だ。自分で責任を取れ」

俺は深く頭を下げ、執務室を出た。

廊下を歩きながら、俺は肩の荷が下りたような感覚を覚えた。

父との決別は辛かった。でも、これで前に進める。



午後、俺は麗華に会いに行った。

高級ホテルのラウンジで、彼女は優雅にティータイムを楽しんでいた。

「圭佑さん、お疲れ様です」

麗華は完璧な笑顔で迎えてくれたが、俺にはもうその笑顔が空虚に見えた。

「麗華さん、お話があります」

「私にも、お話があるんです。先日、新谷さんとお会いしまして」

「それについても話したい。あの件は、父の独断でした。申し訳ありません」

俺は真剣な表情で向き合った。

「すみませんが……僕たちの婚約は、破談にさせてください」

麗華の手が、一瞬カップの上で止まった。それから、ゆっくりとカップを置いた。

「それは……なぜですか」

「僕には、愛する人がいます」

「新谷さんのことですね」

「はい。彼女以外の女性とは、結婚できません」

麗華は長い沈黙の後、口を開いた。