父親の脅しに、俺は微笑んだ。
「構いません。俺にとって一番大切なのは、梓です。彼女を失うくらいなら、すべてを捨てます」
父親は、俺を見つめたまま長い沈黙を保った。
その瞳には、怒りと、そして──どこか寂しげなものが混じっていた。
「お前は……本気なんだな」
「はい」
「分かった」
父親が深いため息をつく。
「好きにしろ。だが、後悔するなよ」
その言葉に、俺は少し驚いた。もっと激しい抵抗を予想していた。
「ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない。お前が自分で選んだ道だ。自分で責任を取れ」
俺は深く頭を下げ、執務室を出た。
廊下を歩きながら、俺は肩の荷が下りたような感覚を覚えた。
父との決別は辛かった。でも、これで前に進める。
◇
午後、俺は麗華に会いに行った。
高級ホテルのラウンジで、彼女は優雅にティータイムを楽しんでいた。
「圭佑さん、お疲れ様です」
麗華は完璧な笑顔で迎えてくれたが、俺にはもうその笑顔が空虚に見えた。
「麗華さん、お話があります」
「私にも、お話があるんです。先日、新谷さんとお会いしまして」
「それについても話したい。あの件は、父の独断でした。申し訳ありません」
俺は真剣な表情で向き合った。
「すみませんが……僕たちの婚約は、破談にさせてください」
麗華の手が、一瞬カップの上で止まった。それから、ゆっくりとカップを置いた。
「それは……なぜですか」
「僕には、愛する人がいます」
「新谷さんのことですね」
「はい。彼女以外の女性とは、結婚できません」
麗華は長い沈黙の後、口を開いた。



