推しが隣に引っ越してきまして 〜月の裏がわ〜



佑月side


「開演10分前でーす!」
ステージの裏。スタッフさんが声を張り上げる。
「は〜い!」大樹が返事をする。


「ほれ、」亮が俺の衣装のジャケットを俺に渡す。「楽屋の椅子に掛かってたで。」
「あぁ、ごめんありがとう。」
「ジャケット忘れんなや。」
「あぁ……。」


今日は、東京公演3日目。
9月13日。


「らしくないなぁ。」亮が自分のジャケットを羽織り、襟をピシッと正す。「何ぼーっとしてんねん。」
「……。」
「いつもなら言い返すくせに、なんでなんも言わへんの。ほんま、わかりやすい。」
亮が俺の肩を拳で突く。
ステージの台に立つ。幕のすぐ裏。この幕の向こうでは、たくさんのファンの子が俺たちを待っている。幕があがれば、何があっても、最後までやりきらなければならない。何があっても……。


ジャケットを羽織り、イヤモニをつける。
ステージ裏まで聞こえてた歓声が、遠のいていく。


犠牲にしたものは、日常。それでも、輝きたかった。握る拳に力を込める。
亮を見る。
亮が、ふ、って微笑む。


幕が、上がる。