戻れなかった時間の先で

 「僕のことは忘れてほしい」‥‥何でそんな事を言ったの?

 あなたがどこに行っても、私はそこに行くのに。

 ずっと付き合ってたのに、そんな事もわからないの?




 どうしても納得できなかった私は、引っ越した彼の実家にむかった。

 そこでもう一度、彼に会って話を聞こうと思う。

 本当はこんな事はしたくはないけど、もう手段は選んでいられない。
 



 家の電話番号は知らない。住所も番地がわからなかったけど、何とかたどり着く事ができた。

 そこは郊外の一軒家。平屋建ての小さな家だけど、庭には生垣のように紫や赤色のアジサイが植えられてる。

 「‥‥‥‥」

 そうして彼の実家に家の前に立ったけど、そこで私は立ち止まってしまった。

 彼にどう説明しよう。

 あなたを追いかけてここまできましたって‥‥正直に言うべきなんだろうか。

 偶然、近くを通りかかったからって言うのは無理がある。でも、彼だって、偶然、街中で私と会ったわけだし‥‥別に構わないかな。

 恐る恐る呼び鈴を鳴らす。

 奥から控えめに、チリン‥‥ていう音が聞こえた。

 “はい”

 出てきたのは年配の女性。多分、彼のお母さん。

 「あの‥‥少々、聞きたいのですが‥‥」

 私は彼に会う為に、ここまで来たことを正直に話した。

 「‥‥‥‥え?」

 私がそう言うと、顔色が悪くなった。

 「‥‥その‥‥本当に会ったのですか?」

 信じられない‥‥とう顔をしている。

 「そんなはずはありません。‥‥息子は‥‥あの子は、だいぶ前に、事故で亡くなりました」

 「え?」

 今度は私が口を開ける。

 だって、彼は私と会った。会って‥‥。

 「そうですか。ちょっと待っててください」

 納得したようにそれだけ言って、家の奥に引っ込み、すぐに戻ってきた。

 彼女は私に小さな箱を渡した。

 開くと中には小さな指輪が入っていた。

 「‥‥これは‥‥」

 「事故に会った日にあの子が持っていたものです。‥‥多分、婚約指輪だと思います」

 「‥‥‥‥」

 「その週は、仕事が忙しくて帰りはいつも遅くなっていました。当日は朝から雨が降っていて憂鬱な天気だったのに、

 あの子は妙に嬉しそうな顔をしてて‥‥思えば、その指輪を誰かに‥‥あなたに、あげるつもりだったんでしょうね。

 駅に向かう途中で、雨でスリップした車に巻き込まれて‥‥逝ってしまいました」

 「‥‥‥‥」

 私は握った手に力を込めて震わせる。

 忙しかった‥‥多分‥‥無理をして仕事を片付けてたんだろうと思う。

 私にこの指輪を渡す為に‥‥。

 それなのに私は‥‥ひどい言葉を浴びせてしまった。

 「あの‥‥よろしければ‥‥」

 彼女は私にその指輪をあげると言ってきたけど、到底、そんな事は出来ない。

 何度も断ったけど、最後には私が折れて指輪は私が預かる事になった。

 街中で会った彼は‥‥自分のことを忘れてほしいと言っていたけど‥‥こういう事だったのか‥‥。

 幽霊?‥‥幻?‥‥それはそうでも良い。

 『君には、君の人生がある。いつまでも昔の‥‥僕の事に引きずられてちゃダメだ』