「‥‥‥‥」
 
 懐かしい彼の声が耳に入ってくる。

 傘を持っていない方の手を私に伸ばしてきた。

 ただそれだけで、私の涙腺は崩壊した。

 「どうして!」

 彼の胸に飛び込む。彼は持っていた傘を手放してしまった。

 「どうして今更! 私は‥‥ずっと‥‥」

 言いたい事はたくさんあったはずなのに‥‥言葉が出てこない。

 なぜあの時、来なかったのかとか、どうしてここにいるのかなんてどうでもいい。

 私が抱き締めてる腕に感じる温もりだけで、もう十分。

 「‥‥ごめん」

 いつもの‥‥久しぶりに聞いた彼の台詞が返ってくる。

 いつもの私なら、それについていろいろと言ってただろうけど‥‥その言葉を聞ける事が何より嬉しい。

 「‥‥‥‥」

 顔を上げると、彼の眼差しが私のすぐ近くにある。

 このまま唇を近づけようとしたけど、彼は私から離れた。

 「あいかわらずだね」

 「‥‥‥‥」

 泣いてる顔が見えなかったの?

 人の気も知らないで‥‥ちょっとだけ腹が立ってきた。

 私は服の袖で涙を一回だけ拭いた。

 「‥‥今までどうしてたの?」

 一番聞きたい事。なんで急に連絡をくれなくなったことより、ずっと大事。

 「まあ‥‥いろいろね」

 はっきりと答えてくれない。

 まあ、いいけど。

 だったら聞くしかない。

 「なんで‥‥私と会うのをやめたの‥‥その‥‥」

 もし‥‥聞きたくない返事だったら‥‥でも、聞かなくちゃ。

 「私が‥‥嫌いになった?」

 「違うよ」

 彼は即答した。そしてその言葉は私が聞きたかったことだった」

 「じゃあ、どうして‥‥」

 「‥‥‥ごめん‥」

 「‥‥‥‥」

 またそんな事を言う。

 だったらどうしてまた会ってくれたの?

 偶然だったとしても、私を呼び止めたのはなぜなの?

 「実はね‥‥僕は今度。ここから離れることになって‥‥」

 「え?」

 彼の困ったような顔を見つめる。

 「‥‥‥‥」

 顔を覗き込むと視線を反らした。

 「どこに行くの?」

 「‥‥‥‥ちょっとね」

 答えてくれない。こんなときの彼はいくら詰め寄っても無理なのは知ってる。

 「君に言っておきたい事があるんだ」

 「‥‥何?」

 「僕のことは忘れてほしい」

 「‥‥‥もう‥会えないから?」

 「‥‥‥‥」

 彼は静かにうなづいた。

 「君には、君の人生がある。いつまでも昔の‥‥僕の事に引きずられてちゃダメだ」