「あ、真柴さん」

 急いで帰り支度している私の所に、ナオちゃんが声をかけてきた。

 「真柴さんて、週末は急いで帰るんですね」

 「うん、ちょっと用事があってね」

 私は笑い返す。

 「もしかして彼氏が出来たとか?」

 「‥‥まさか」

 誤魔化すつもりでまた笑った。

 「そうなんですか? 浜辺のカフェで週末デートしてるんじゃないですか?」

 「え⁉」

 「この間、本屋で立ち読みしてたら、びっくりしましたよ」

 ナオちゃんが笑いながら言った。

 「真柴美緒って名前の女の人が出てくるんです。浜辺のカフェでデートしてるの。

 まんま真柴さんじゃないですか?」

 笑い混じりの声が耳に残る間もなく、心臓がドクンと音を立てた。

 「他にどんな事が書いてあるの?」

 息が止まったみたいに、返事が遅れる。

 「え?‥‥あとは好きな飲み物がカフェラテだとか‥‥あとは‥‥」

 「‥‥‥‥」

 偶然にしては、できすぎてる。

 あの場所も、あの時間も、名前まで。

 私達だけの、はずだったのに。

 ナオちゃんが話し続けているのに、声が遠くなっていく。

 笑う余裕なんて、もうなかった。

 帰る途中、本屋に寄ってその本を手に取った。

 著者名は‥‥KANO‥‥叶さんに間違いない。

 手が震えるのを、どうにかして押さえながらページをめくった。