
店内は外から見るよりは広く感じる。
木製のテーブルが五脚。カウンターには足が届かなそうな高い椅子が五脚。テーブル席は窓に面した所にあり、浜を一望できる。
記憶と同じだった。
「‥‥‥‥」
私は一番奥のテーブルまで歩いていく。
誰かがそこに座っている。
持っていたバッグを握りしめる。
一歩一歩がスローモーションの様にゆっくりと進んでいく。
心臓の鼓動が聞こえそうな程に高ぶっているのが分かった。
「‥‥‥‥」
私は足を止めた。
そこに座っていた彼‥‥叶さんは、想像よりもずっと静かな人だった。
白いシャツの袖を丁寧に折って、手には本。
ページをめくる指先が、やけに細くて綺麗だった。
その横顔は、何かを待っているというより、何かを諦めているように見えた。
私の姿に気づいて、彼は顔を上げた。
私を見て少し驚いているような‥‥そんな気がした。
ここまできて、私は戸惑ってる。
何て声をかけるべきなんだろうかと。
「叶さん‥‥」
私が名前を呼ぶと、彼は目を見開いて私を見つめた。
吸い込まれそうな綺麗な瞳。
彼の瞳を見つめているうちに、私はもう迷わなくなっていた。
「お久しぶりです。美緒です」
戸惑っていたように見えたけど、私が声をかけると微笑みに変わった。
「‥‥‥‥久しぶりだね」
彼が返してきた言葉は、ほんの一言。
でも、その声が、波の音よりずっとやさしく響いた。
私は彼を知らない。だから人違いなのは間違いない。
だとしても‥‥。
もう止められない。



