そこにはこう書いてあった。



 『あの夏を、もう何度想い出しただろう。

 それでもまた、君に会いたくなる。

 咲いて、散って、それでも君のことを思い出すのは、

 夏だけが僕たちを許してくれたからだと思う。

 美緒はいつも、ミルク多めのカフェラテを注文する。

 苦さが舌に残ると、少しだけ過去を思い出すから‥‥

 そんなふうに言っていたよね。

 今年も会えるかな。

 君が好きだったあの小さな海辺のカフェで、

 君が好きだった右端の席で待ってる』



 「‥‥‥‥え」

 末尾には「叶」‥‥カノウとある。これが差出人の名前か、苗字なのかもしれない。

 私は叶という人を知らない。

 紙にはちゃんと日付も書いてある。

 常識的に考えれば、こんな意味の分からないものはすぐに捨ててしまう方がいいに決まっている。名前は書いてあるけど、

 同姓同名の別の人に宛てたものかもしれないし。

 でも、その文を見た瞬間、理性と言うより、空白だった心が一瞬で埋まった‥‥そんな衝撃が体中に走った。

 一瞬で、季節が変わった気がした。

 まだ梅雨が明けたばかりの空の下、蝉の声さえないくせに、その言葉からは夏の匂いがした。

 私はそのカフェを知っている。何年か前の夏‥‥休みを利用して一人で旅行に行った時、不意に立ち寄った浜辺のカフェ。

 その浜はプライベートビーチかと思う程に小さかった。

 でも店の雰囲気は覚えている。座り心地の良い椅子と、海を見下ろす景色‥‥それだけで心が癒されるようだった。

 そこで頼んだカフェラテは、私の好みに合わせたかのように、苦くて甘い。

 「‥‥‥‥」

 誰かに待たれている‥‥多分、人違いだとは思うけど、そう思える事が、こんなにも心をざわつかせるなんて‥‥。 

 私はその紙を胸に抱えて窓を開けた。
 


 風が、まだ知らない夏を連れてきた気がした。