
「でも、君は君だった。俺の言葉に耳を傾けて、珈琲に顔をしかめて、時々無理して笑って‥‥それが嬉しかった」
そして一拍おいて、静かに、けれど力を込めた言葉で言った。
「俺が、好きになったのは‥‥‥‥君なんだ」
その言葉が、夏の空に溶けていった。
遠くで波の音が寄せては返している。
季節が終わろうとしている。
でも、夏の魔法はまだ、ここに残っていた。
私は微笑みながら、小さく頷いた。
「‥‥ありがとう。ようやく言えた気がする」
そして、心の中でそっと呟いた。
やっと、本当の私として、この席に座れたんだ‥‥と。
夕焼けの紅い光の中、私と彼はただ黙って波打ち際を歩いていく。
私も彼も何を言っていいのか分からないのだと思う。
波が何度か打ち寄せては返っていくのを繰り返した後、
「‥‥美緒さん‥‥お願いがあるのですが」
不意に彼が言ってきたので、私は立ち止まった。
「‥‥‥‥」
何でしょうか?‥‥そう聞く前に、彼は両手で強く私を抱きしめていた。
「美緒さん‥‥ずっと側にいてほしい。こうして君の温もりを‥‥夏の日の幻じゃない事を感じさせてほしいんだ」
「‥‥‥はい‥」
私も彼の体に腕を回す。
夏の魔法がこれからも続いていくように、私はその腕に力を込めた。



