梅雨が明けたばかりの午後、教室の窓から差し込む光が、机の上の消しゴムを白く照らしていた。

 「ねえ、知ってる? スーツの死神ってやつ」

 何気なくペンを回していた私……千紗(ちさ)は、顔を上げた。いつものおしゃべり好きの友達の真帆が、教卓の前で身を乗り出して
 いる。

 「何それ、都市伝説?」

 「違うってば。うちの駅でも見たって人いるんだよ。普通のサラリーマンみたいなスーツ着てるんだけど……妙に目立たないの。
 
 でね、見た人は数日後に事故とか事件が起きるんだって」
 
 別の席から男子が笑い声を上げる。『はは、なにそれ、ただの不審者じゃん』

 「ほんとだって! 塾の先輩が言ってたんだから」



 私はその時は皆と一緒に笑ってた。

 だけど、その嘘みたいな話は、笑い話じゃなかった。


 そんな話をした事なんて完全に頭の中から無くなった頃、
 
 私は駅で電車を待ってた。

 中学二年の一学期もそろそろ終わる。来年は受験。まだ少しだけ遠い気がするけど、なんとなく気が重い。

 降り口が近い方が良いと思って、ホームを歩いていく。

 いつもは学校の生徒が帰る今ぐらいの時間には、ホームで待っている人がけっこういるんだけど、今日はなぜか少ない。

 「‥‥‥‥」

 夕焼けの光が眩しくて、私は目を細めた。

 「‥‥‥‥?」

 ホームの向こう側。反対側のベンチに座ってる人がいる。

 さっきまでいなかったような‥‥気のせいのような。

 不思議な感覚。

 なんでそんなに気になるのか、最初は分からなかった。

 けれど‥‥。

 その人はスーツ姿。帽子を被っているわけでもないのに、顔が良く見えない。