ぜんぶ、ちょうだい。




まさか、覚えてたんだ。私が“来なかった”こと。



「なんで?」



相変わらず、前を向いたまま。声も表情も、いつも通り。

質問してくれて嬉しいはずなのに、先輩はさほど興味なさそうで、その温度差に、胸がきゅっとなる。



「やっぱり迷惑かなって思いまして…」



う、わぁ…。 言っちゃった。
これ、絶対よくない流れ。

「これからも来なくていいよ」って言われるかな。「迷惑って分かってるじゃん」とか…。

頭の中で、最悪のセリフがぐるぐる回る。
心臓が、ぎゅっと縮こまる。



「名前も知らない人にストーカーされるのは、いい気分ではない」

「うぐっ…ごもっともです」



そりゃそうだ。
毎朝挨拶してたって、先輩からしたら私は“知らない女”。なんで、もっと早くに自己紹介しなかったんだろう。

でも――



「でも、もう名前は知れた」

「えっ?」



泉先輩が、前を向いたまま、横目でチラッと私の方を見て言った。



「1年の、吉川小鞠」



その声は、昨日の冷たい声じゃなかった。
低くて、静かで、でも確かに優しかった。

私の名前を、ちゃんと呼んでくれた。
“知らない女”じゃなくて、“吉川小鞠”として。