「そんなんじゃないって。むしろ、いなくなってちょうどいい」
握った筆に、力が入りすぎていた。
ぎゅっと。指が白くなるほど。
看板に向かって、筆を走らせる。
線は、下書きからはみ出して、黒く、歪んで残った。
「どこが、ちょうどいいんだよ」
秦が俺の顔を見て、少し困ったように眉を下げた。
「どっからどう見ても、ちょうどよくなさそうだけど」
言い返そうとして、言葉が喉に詰まる。
「自分が振り回されてることに、納得いかないだけなんじゃねーの。恋愛なんてさ、振り回されるくらいがちょうどいーの」
秦はそう言いながら、俺の代わりに筆を取る。
下書きからはみ出した線を、迷いなく、なぞって、余分なところを綺麗に整えていく。
「今のかお、めちゃくちゃ人間らしいよ」


