小学一年生。
ランドセルの匂いがまだ新品で、みんなが真新しい名前札をぶら下げていた。
「桜田ゆいさん、こちらの席です」
担任の先生が指差した席の両隣に、既に見慣れた顔が座っていた。
右側には竜也。左側には飛鳥。
無表情と、にこにこ笑顔。対照的な二人が揃って、誰よりも自然に、彼女の隣にいた。
「おはよう!」
「…………」
「おはよ、ゆい!」
竜也は目も合わさず、教科書に視線を落とす。
飛鳥は元気よく手を振りながらも、机に並べた筆箱の位置を調整していた。
まるで「境界線」を作るかのように。
それからの毎日は、にぎやかで、だけどどこか異質だった。
教室の中でゆいはすぐに人気者になった。明るく、分け隔てのない笑顔と、誰とでも自然に話せる空気。
気がつけば、休み時間には男の子たちがこぞって彼女の机に集まっていた。
だが、それは長くは続かなかった。
「なあ、桜田さんと昨日、一緒に帰ったんだって?」
「うん、でも途中までだけだよ」
「ふーん……名前、なんて言ったっけ?」
「え? おれ? 佐藤だけど――」
バンッ!
その日の昼休み、佐藤くんの机の上の水筒が、無造作に床へ叩き落とされた。
見上げると、そこには竜也が立っていた。無言のまま、机の上をじっと睨んでいる。
佐藤くんは青ざめた。
何も言わず、ゆっくりと席に戻った。
次の日から、彼はゆいと話さなくなった。
似たようなことが何度も起こった。
教科書が破れていた。ランドセルに水がかかっていた。上履きが片方なくなった。
やった本人は誰なのか、決定的な証拠はなかった。
だが、誰もが**“あの二人”**に逆らおうとはしなかった。
ゆいだけが、鈍感に笑っていた。
「最近、あんまりみんなと話せなくなっちゃったなぁ」
「……そりゃそうだろ」
「なんで?」
「うるさいから」竜也がそっけなく言う。
「うるさい子、好きじゃないし」
「……うーん、たしかにうるさい子は苦手かも」飛鳥も頷く。
「でも、私もうるさいよ?」
「お前はいい」
「うるさくない」
2人の言葉が重なる。
「えっ、なにそれ」
笑うゆいに、二人は心の奥で小さく安堵した。
ゆいはまだ気づいていない。
それが、彼らにとって何よりの救いだった。
ランドセルの匂いがまだ新品で、みんなが真新しい名前札をぶら下げていた。
「桜田ゆいさん、こちらの席です」
担任の先生が指差した席の両隣に、既に見慣れた顔が座っていた。
右側には竜也。左側には飛鳥。
無表情と、にこにこ笑顔。対照的な二人が揃って、誰よりも自然に、彼女の隣にいた。
「おはよう!」
「…………」
「おはよ、ゆい!」
竜也は目も合わさず、教科書に視線を落とす。
飛鳥は元気よく手を振りながらも、机に並べた筆箱の位置を調整していた。
まるで「境界線」を作るかのように。
それからの毎日は、にぎやかで、だけどどこか異質だった。
教室の中でゆいはすぐに人気者になった。明るく、分け隔てのない笑顔と、誰とでも自然に話せる空気。
気がつけば、休み時間には男の子たちがこぞって彼女の机に集まっていた。
だが、それは長くは続かなかった。
「なあ、桜田さんと昨日、一緒に帰ったんだって?」
「うん、でも途中までだけだよ」
「ふーん……名前、なんて言ったっけ?」
「え? おれ? 佐藤だけど――」
バンッ!
その日の昼休み、佐藤くんの机の上の水筒が、無造作に床へ叩き落とされた。
見上げると、そこには竜也が立っていた。無言のまま、机の上をじっと睨んでいる。
佐藤くんは青ざめた。
何も言わず、ゆっくりと席に戻った。
次の日から、彼はゆいと話さなくなった。
似たようなことが何度も起こった。
教科書が破れていた。ランドセルに水がかかっていた。上履きが片方なくなった。
やった本人は誰なのか、決定的な証拠はなかった。
だが、誰もが**“あの二人”**に逆らおうとはしなかった。
ゆいだけが、鈍感に笑っていた。
「最近、あんまりみんなと話せなくなっちゃったなぁ」
「……そりゃそうだろ」
「なんで?」
「うるさいから」竜也がそっけなく言う。
「うるさい子、好きじゃないし」
「……うーん、たしかにうるさい子は苦手かも」飛鳥も頷く。
「でも、私もうるさいよ?」
「お前はいい」
「うるさくない」
2人の言葉が重なる。
「えっ、なにそれ」
笑うゆいに、二人は心の奥で小さく安堵した。
ゆいはまだ気づいていない。
それが、彼らにとって何よりの救いだった。
