面倒がられているウサギだもの。だれにも気にかけてもらえてないと高をくくっていた。
 もちろん、いつかは気づかれるだろうなって思っていたけど。そのときは案外早くきた。
 あれだけ猛スピードで走れるくらいの体力があるのだから、だれかがちゃんとエサをあげていたのだ。放っておかれていたわけじゃない。
 翌日の朝、ウサギがいないことに気づいた人がいた。
 わたしが学校を休んだときの方がよっぽど気づかれないかもしれない。

 みんなが着席した朝のホームルーム。
 近郷先生は教卓に手をついて身を乗り出した。
「学校で飼育していたウサギがいなくなりました」
 クラスのざわめきを制して先生が続ける。
「きのうの当番はこのクラスでした。飼育係が鍵を預かっていましたね?」

 飼育係は綾葉ちゃんと石崎くんだ。
 石崎くんがなにかいいたそうに綾葉ちゃんを見ている。
 そういえば、石崎くん、きのうはこなかったな。サボりか。先生に怒られればいいのに。
 石崎くんは自己申告しないでだまっている。

 綾葉ちゃんがそろりと立ち上がる気配がした。
 泣きそうな顔をしているかもしれない。綾葉ちゃん、そういうの、得意だから。
「ごめんなさい。わたしが責任持ってやったらよかったんですけど……」
「全部、きちんと説明して下さい」
 言い逃れは許さないとばかりに、先生は綾葉ちゃんを追い込む。

「……きのう、具合が悪くなってしまって」
 綾葉ちゃんのウソはいかにも真実っぽく聞こえた。
「それで、どうしようかなやんでいたんですけど、イチゴちゃんが、代わりにやってくれるって……だから、イチゴちゃんに鍵を渡しました」

 クラス全員の視線がわたしにそそがれた。
 そうなるよなって、今さらながらに気がついた。
 理由はどうあれ、だれがウサギを逃がしたかといったら、わたししかいない。

「イチゴちゃん、どうなんですか。あなたが最後に鍵をかけたんですか? ウサギがいないのに檻には鍵がかかってました。だれかが鍵を壊して連れ去ったとかではないんですよ。だれかがウサギを檻の外に出したあと、鍵をかけたのです。職員室にも鍵が戻ってきてません。あなたが鍵を持っているんですか」

 前回は職員室に返してしまい、綾葉ちゃんを不機嫌にさせてしまった。
 サボったみたいに思われるからわたしに返してくれたらよかったのに、当てつけみたいでイヤな感じ――っていうの。本当に自分勝手。
 こんなことならさっさと返してしまえばよかった。
 犯人がずっと鍵を持ってるなんて、おかしくてちょっと笑えてくる。
 ウサちゃんならウソついて返したっていえばいいんじゃないって、平然といってきそうだけど、ウサちゃんは現れなかった。

 仕方ないので机の脇にかけてあったバッグから鍵を取り出す。
 ジャラっと机に置いたら、後ろの綾葉ちゃんが大げさに息をのんでわたしの前に回った。
「イチゴちゃん……本当にイチゴちゃんがやったの? 初めからそのつもりだったの? ひどいよ。ウサギさんをどこへやったの?」
「わたし、ひどいことをしたんだ……」
 あんなにも、うれしそうに、勢いよく逃げていったのに。

 先生は厳しい表情ながらも、穏やかにいった。
「イチゴちゃん、あとで職員室に来なさい。よくないことをしたって、わかればいいんです。ちゃんと反省してくださいね」
 反省……
 なにに反省すればいいのかな。反省しなきゃいけないのは綾葉ちゃんと石崎くんじゃない? 飼育係なのにサボったじゃん。わたしだけ損をしている。

 綾葉ちゃんは先生に背を向けてわたしをジッと見下ろしていた。
 怒ってる? 怒ってるよね。とても不満そう。
 だけど、ニターって笑うと、自分の席に戻っていった。


 ホームルームが終わると、綾葉ちゃんのまわりに女子が集まってきた。
「ウサギを逃がしたこと、綾葉ちゃんのせいにしようとしてたんじゃない?」
「サイテー」
「綾葉ちゃんがかまってあげてるから、つけあがってるんでしょ」
「無視しよ」
 わざと聞こえるようにさわいでいる。

 もうなにも聞きたくなくて、勢いよく立ち上がる。
 椅子の背が綾葉ちゃんの机にぶつかって大きな音を立てた。
「なにすんの!」
 間髪入れずに綾葉ちゃんが怒鳴る。
 振り返ると、にらんでいるのは綾葉ちゃんだけじゃなかった。取り巻きたちが「かわいそう」って大合唱。ひな鳥がエサをもらうみたいに大きな口を開けている。
 あの子もあの子もあの子も。

 うるさいって、心の中で叫んだ。
 すると、綾葉ちゃんの上の方にシマネコのポンチョが現れた。
 子供サイズだけど、広がるとけっこう大きい。

 お気に入りだったポンチョだ。フードの部分がネコの顔になっていてかわいい。
 すっぽりとくるまってお昼寝したり、寒い日にかぶってお出かけするのが好きだった。
 なのに、お母さんが毛玉だらけで汚いって捨ててしまったの。そうしたらウサちゃんが連れて帰ってきてくれたんだ。

 シマネコのポンチョは中身がなくて、亡霊みたいにふわりと漂っている。
 困ってるわたしを見て、口が裂けそうなほど横に大きく口を広た。くるりとターンをしたかと思うと2倍くらいの大きさになって、バサーっと綾葉ちゃんたちに覆い被さってしまった。
 綾葉ちゃんたちがポンチョの下でなにかをわめいている。身動き取れなくて苦しそう。

 シマネコはわたしを見ながら綾葉ちゃんみたいにニヤニヤ笑っていた。
『入り用だっただろ?』
 突然現れては消えるのが得意なシマネコだけど、包み込んだものまで消してはくれない。
 わたしはそのすきに教室を抜け出した。

 本当に信用できるお友達はなんにんかいればいいんだよね。
 ウサちゃんに、シマネコのポンチョ、お風呂のアヒル隊長、絵本のアオムシくんに――
 だから、気にしない。気にしない。

 誘われているお誕生日会をどうするかが悩ましいだけ。
 より多くの人数を集めたかった綾葉ちゃんはわたしにも声をかけた。だけど、来たの?って顔されるくらいなら、すっぽかしたほうがよさそう。女王気取りの綾葉ちゃんのご機嫌をうかがうのもうんざりしていたから、これでよかったのかも。