---
○教室・放課後
ざわつく教室。
窓の外は夕方の光。
紗月はノートを閉じ、筆箱を揃える。
女子二人が談笑しながら近づいてくる。
クラスメイトA「ねえ紗月さん、駅前のクレープ屋いかない?」
クラスメイトB「新作出たらしくて。すぐ戻るし!」
紗月「え……」
紗月(心の声)「誘ってくれた……。うれしい。でも、まだ会話もぎこちない私が行ったら……」
紗月は小さく会釈して微笑む。
紗月「ごめん。今日は用事があって」
クラスメイトA「そっか、また今度!」
クラスメイトB「次は絶対ねー!」
二人は明るく手を振って去っていく。
紗月はほっと息をつきつつ、胸の奥に小さな寂しさが沈む。
紗月(心の声)「“また今度”。その“今度”を、ちゃんと掴めるかな……」
---
○廊下・同時
教室を出る紗月。
ロッカー前の壁にもたれて、不良先輩が腕を組んで待っている。
通りすがる生徒がちらりと視線を寄越しては小声で囁く。
蓮司「お、出た」
紗月「……!」
蓮司「探す手間省けたわ。行くぞ」
紗月「ど、どこへですか」
蓮司「決まってんだろ。一緒に帰んだよ」
紗月(心の声)「……やっぱり強引。でも、“一緒に”って自然に言う声が、少し安心するのはなぜ」
---
○昇降口
靴箱の前。
紗月が上履きを脱いでいると、先輩は何気なく周囲を一周見渡す。
男子たちの視線が刺さるが、先輩と目が合うとすぐ逸らす。
蓮司「靴紐、解けてる」
紗月「あ、ほんとだ……」
屈みこんだ紗月の頭上に落ちる影。
先輩は無言で片膝をつき、器用に結んでやる。
紗月は驚いて身を引く。
紗月「自分でできます!」
不良先輩「遅い。——歩くぞ」
紗月(心の声)「勝手。だけど、手つきが慣れてて……妙に、やさしい」
---
○校門前〜通学路
夕方の通学路。
ひそひそ声が追いかける。
生徒の声「あの新入生、またアイツと——」
別の声「関わらない方がいいのに」
紗月は視線を落とし、小さな歩幅でついていく。
紗月「……やっぱり、迷惑です。私、先輩と一緒にいると——」
蓮司「嫌なのか?」
紗月は言葉に詰まる。
先輩はふっと笑って前を向く。
蓮司「答えんの遅ぇ。……まあいい。腹減った。水でも買ってく」
---
○商店街の外れ・コンビニ前
自動ドアが開く電子音。
先輩はペットボトルを二本と肉まんを手早く会計する。
外に出て、一本をヒロインに差し出す。
紗月「自分で買えます」
蓮司「貸し。返すなら、明日ここで同じやつ二本」
紗月は受け取り、キャップを回す。
飲み口から冷たさが喉に落ちていく。
紗月(心の声)「“貸し”。そうやって、距離を近づけるのが上手い人だ」
---
○公園・夕方
小さめの公園。
ベンチに並んで座る。
ブランコが風でわずかに軋む。
沈黙。
遠くで子どもの笑い声。
夕陽が長い影を落とす。
蓮司「……家、帰りたくねぇんだよな」
紗月は横顔を見る。
先輩は指先でペットボトルのラベルを無造作に剥がしながら、言葉を落とす。
蓮司「親はいねぇ。いても、いてもいなくても同じ。口出す時だけ出してきて、肝心な時は——いない」
紗月(心の声)「いないのに、“いる時だけ邪魔”。それ、わかる」
紗月「……誰も、待ってないんですか」
蓮司「は?」
紗月は視線を落とす。
紗月「私も……家、静かで。明かり、点けても温度がない。……だから、わかる気がして」
先輩は一瞬だけ目を伏せ、口角で笑う。
笑みは薄く、少しだけ震えている。
蓮司「寂しいなんて言ったら、余計みじめだろ。……だから、言わねぇ」
近くの枝に止まっていた鳥が羽ばたく音。
紗月の胸の奥がきゅっと縮む。
紗月(心の声)「“言わねぇ”って言える強さ。言えない弱さ。どっちも、同じ」
---
○同・ベンチ(間)
先輩は指の節に小さな傷を作っている。
紗月が気づいて眉を寄せる。
紗月「……その手、どうしたんですか」
蓮司「猫。でかい猫にやられた」
紗月「嘘下手ですね」
先輩は短く笑い、ペットボトルを口に運ぶ。
笑った直後、ふと視線が遠くなる。
夕陽に細めた眼差しは、どこか幼い。
蓮司「……でかい声で笑ってる家、羨ましくね?」
紗月「……羨ましいです」
二人、言葉を切る。
風が制服の裾を揺らす。
---
○小さなブランコの前
席を立った先輩がブランコの鎖に指をかけ、少しだけ押す。
ギィ、と小さな音。紗月は隣で見上げる。
蓮司「お前、さ。昼、いつも裏庭行く?」
紗月「え?」
蓮司「行け。……いや、来い。明日も」
紗月「どうして……?」
蓮司「俺がいるから。理由いるか?」
紗月(心の声)「理由はいらないって顔。——でも、欲しい。あなたがそこにいてくれる理由が」
---
○公園・ベンチ(ツーショット)
紗月のスマホが小さく震える。
「母」の表示。
紗月は一瞬ためらい、画面を伏せて着信を切る。
蓮司「出ねぇの?」
紗月「……今は、いいんです」
蓮司は目を細め、空を見上げる。
その横顔から、微かな痛みが滲む。
蓮司「大人は、都合よく電話してくんだよ。言いたいことだけ言って、何も聞かねぇ」
紗月は思わず口を開く。
紗月「……“聞いてほしい時”に限って、誰もいない」
先輩は彼女を見る。
ほんの一瞬、守りを捨てたような、弱さのにじむ目。
蓮司「……だよな」
その“だよな”は、友達みたいな、味方みたいな響きで。
紗月の喉が熱くなる。
---
○帰り道・公園出口
荷物を持ち直しながら立ち上がる二人。
先輩はポケットからスマホを出し、画面をちらと見て眉をひそめる。
画面には「親父」の二文字。
彼はためらい、無音で通知を横に払って消す。
紗月(心の声)「“親父”。さっきの言葉の理由——」
蓮司「——ほら、行くぞ。暗くなる」
紗月「はい」
歩き出した先輩の手が、ほんの一瞬だけ紗月の鞄の取っ手に触れる。
引き止めるでも、引っ張るでもなく。
そこに“ある”と確かめる、微かな接触。
蓮司「一人で歩かせねぇ。……これからも」
紗月「え?」
蓮司「決まりな」
紗月(心の声)「“決まり”。私の予定も、心も、勝手に決めていく人。なのに——拒めない」
---
○別れ道・夕闇
角を曲がると、二人の帰路が分かれる三叉路。
先輩は立ち止まり、紗月の足元を見て、ふっと口角を上げる。
蓮司「明日、昼。裏庭。——お前、○組、窓側二列目だよな」
紗月「……どうして知って——」
蓮司「見るからわかる」
軽く手を振って背を向ける。
夕闇に溶ける背中。
足取りはわずかに速い。
ポケットのスマホがまた震えるが、彼は見ない。
紗月(心の声)「“見るからわかる”。——いつから、私を見てたの」
---
○紗月・帰路(一人)
一人になった道。
胸の鼓動が速い。
ポケットの中で、さっき切った「母」からのメッセージ通知が光る。
『今日、遅くなる。夕飯は各自で。——母』
紗月(心の声)「“各自で”。ああ、やっぱり」
彼の“誰も待ってない”が、胸のどこかで重なる。
足元に落ちた桜の花びらを拾い、そっと手帳に挟む。
紗月(心の声)「明日、裏庭……行くの?——ううん、行く。理由は、まだ要らない」
——ここで一度切り替え。
---
○蓮司・裏路地(同じ頃)
街灯の下、スマホを握る蓮司。
画面には『戻ってこい。話がある』の連続通知(差出人は「親父」)
蓮司は息を吐き、未読のままポケットに押し込む。
顔を上げると、暗がりの向こうで誰かが彼を呼ぶ。
男の声「——おい」
蓮司の表情が、一瞬で冷える。
しかし次の瞬間、わずかに笑う。
どこか諦めの滲む笑み。
蓮司(小さく)「……明日でいい」
彼は踵を返し、逆方向へ歩き出す。
制服の背中に、ふっと春の風が吹き抜ける。
○教室・放課後
ざわつく教室。
窓の外は夕方の光。
紗月はノートを閉じ、筆箱を揃える。
女子二人が談笑しながら近づいてくる。
クラスメイトA「ねえ紗月さん、駅前のクレープ屋いかない?」
クラスメイトB「新作出たらしくて。すぐ戻るし!」
紗月「え……」
紗月(心の声)「誘ってくれた……。うれしい。でも、まだ会話もぎこちない私が行ったら……」
紗月は小さく会釈して微笑む。
紗月「ごめん。今日は用事があって」
クラスメイトA「そっか、また今度!」
クラスメイトB「次は絶対ねー!」
二人は明るく手を振って去っていく。
紗月はほっと息をつきつつ、胸の奥に小さな寂しさが沈む。
紗月(心の声)「“また今度”。その“今度”を、ちゃんと掴めるかな……」
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○廊下・同時
教室を出る紗月。
ロッカー前の壁にもたれて、不良先輩が腕を組んで待っている。
通りすがる生徒がちらりと視線を寄越しては小声で囁く。
蓮司「お、出た」
紗月「……!」
蓮司「探す手間省けたわ。行くぞ」
紗月「ど、どこへですか」
蓮司「決まってんだろ。一緒に帰んだよ」
紗月(心の声)「……やっぱり強引。でも、“一緒に”って自然に言う声が、少し安心するのはなぜ」
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○昇降口
靴箱の前。
紗月が上履きを脱いでいると、先輩は何気なく周囲を一周見渡す。
男子たちの視線が刺さるが、先輩と目が合うとすぐ逸らす。
蓮司「靴紐、解けてる」
紗月「あ、ほんとだ……」
屈みこんだ紗月の頭上に落ちる影。
先輩は無言で片膝をつき、器用に結んでやる。
紗月は驚いて身を引く。
紗月「自分でできます!」
不良先輩「遅い。——歩くぞ」
紗月(心の声)「勝手。だけど、手つきが慣れてて……妙に、やさしい」
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○校門前〜通学路
夕方の通学路。
ひそひそ声が追いかける。
生徒の声「あの新入生、またアイツと——」
別の声「関わらない方がいいのに」
紗月は視線を落とし、小さな歩幅でついていく。
紗月「……やっぱり、迷惑です。私、先輩と一緒にいると——」
蓮司「嫌なのか?」
紗月は言葉に詰まる。
先輩はふっと笑って前を向く。
蓮司「答えんの遅ぇ。……まあいい。腹減った。水でも買ってく」
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○商店街の外れ・コンビニ前
自動ドアが開く電子音。
先輩はペットボトルを二本と肉まんを手早く会計する。
外に出て、一本をヒロインに差し出す。
紗月「自分で買えます」
蓮司「貸し。返すなら、明日ここで同じやつ二本」
紗月は受け取り、キャップを回す。
飲み口から冷たさが喉に落ちていく。
紗月(心の声)「“貸し”。そうやって、距離を近づけるのが上手い人だ」
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○公園・夕方
小さめの公園。
ベンチに並んで座る。
ブランコが風でわずかに軋む。
沈黙。
遠くで子どもの笑い声。
夕陽が長い影を落とす。
蓮司「……家、帰りたくねぇんだよな」
紗月は横顔を見る。
先輩は指先でペットボトルのラベルを無造作に剥がしながら、言葉を落とす。
蓮司「親はいねぇ。いても、いてもいなくても同じ。口出す時だけ出してきて、肝心な時は——いない」
紗月(心の声)「いないのに、“いる時だけ邪魔”。それ、わかる」
紗月「……誰も、待ってないんですか」
蓮司「は?」
紗月は視線を落とす。
紗月「私も……家、静かで。明かり、点けても温度がない。……だから、わかる気がして」
先輩は一瞬だけ目を伏せ、口角で笑う。
笑みは薄く、少しだけ震えている。
蓮司「寂しいなんて言ったら、余計みじめだろ。……だから、言わねぇ」
近くの枝に止まっていた鳥が羽ばたく音。
紗月の胸の奥がきゅっと縮む。
紗月(心の声)「“言わねぇ”って言える強さ。言えない弱さ。どっちも、同じ」
---
○同・ベンチ(間)
先輩は指の節に小さな傷を作っている。
紗月が気づいて眉を寄せる。
紗月「……その手、どうしたんですか」
蓮司「猫。でかい猫にやられた」
紗月「嘘下手ですね」
先輩は短く笑い、ペットボトルを口に運ぶ。
笑った直後、ふと視線が遠くなる。
夕陽に細めた眼差しは、どこか幼い。
蓮司「……でかい声で笑ってる家、羨ましくね?」
紗月「……羨ましいです」
二人、言葉を切る。
風が制服の裾を揺らす。
---
○小さなブランコの前
席を立った先輩がブランコの鎖に指をかけ、少しだけ押す。
ギィ、と小さな音。紗月は隣で見上げる。
蓮司「お前、さ。昼、いつも裏庭行く?」
紗月「え?」
蓮司「行け。……いや、来い。明日も」
紗月「どうして……?」
蓮司「俺がいるから。理由いるか?」
紗月(心の声)「理由はいらないって顔。——でも、欲しい。あなたがそこにいてくれる理由が」
---
○公園・ベンチ(ツーショット)
紗月のスマホが小さく震える。
「母」の表示。
紗月は一瞬ためらい、画面を伏せて着信を切る。
蓮司「出ねぇの?」
紗月「……今は、いいんです」
蓮司は目を細め、空を見上げる。
その横顔から、微かな痛みが滲む。
蓮司「大人は、都合よく電話してくんだよ。言いたいことだけ言って、何も聞かねぇ」
紗月は思わず口を開く。
紗月「……“聞いてほしい時”に限って、誰もいない」
先輩は彼女を見る。
ほんの一瞬、守りを捨てたような、弱さのにじむ目。
蓮司「……だよな」
その“だよな”は、友達みたいな、味方みたいな響きで。
紗月の喉が熱くなる。
---
○帰り道・公園出口
荷物を持ち直しながら立ち上がる二人。
先輩はポケットからスマホを出し、画面をちらと見て眉をひそめる。
画面には「親父」の二文字。
彼はためらい、無音で通知を横に払って消す。
紗月(心の声)「“親父”。さっきの言葉の理由——」
蓮司「——ほら、行くぞ。暗くなる」
紗月「はい」
歩き出した先輩の手が、ほんの一瞬だけ紗月の鞄の取っ手に触れる。
引き止めるでも、引っ張るでもなく。
そこに“ある”と確かめる、微かな接触。
蓮司「一人で歩かせねぇ。……これからも」
紗月「え?」
蓮司「決まりな」
紗月(心の声)「“決まり”。私の予定も、心も、勝手に決めていく人。なのに——拒めない」
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○別れ道・夕闇
角を曲がると、二人の帰路が分かれる三叉路。
先輩は立ち止まり、紗月の足元を見て、ふっと口角を上げる。
蓮司「明日、昼。裏庭。——お前、○組、窓側二列目だよな」
紗月「……どうして知って——」
蓮司「見るからわかる」
軽く手を振って背を向ける。
夕闇に溶ける背中。
足取りはわずかに速い。
ポケットのスマホがまた震えるが、彼は見ない。
紗月(心の声)「“見るからわかる”。——いつから、私を見てたの」
---
○紗月・帰路(一人)
一人になった道。
胸の鼓動が速い。
ポケットの中で、さっき切った「母」からのメッセージ通知が光る。
『今日、遅くなる。夕飯は各自で。——母』
紗月(心の声)「“各自で”。ああ、やっぱり」
彼の“誰も待ってない”が、胸のどこかで重なる。
足元に落ちた桜の花びらを拾い、そっと手帳に挟む。
紗月(心の声)「明日、裏庭……行くの?——ううん、行く。理由は、まだ要らない」
——ここで一度切り替え。
---
○蓮司・裏路地(同じ頃)
街灯の下、スマホを握る蓮司。
画面には『戻ってこい。話がある』の連続通知(差出人は「親父」)
蓮司は息を吐き、未読のままポケットに押し込む。
顔を上げると、暗がりの向こうで誰かが彼を呼ぶ。
男の声「——おい」
蓮司の表情が、一瞬で冷える。
しかし次の瞬間、わずかに笑う。
どこか諦めの滲む笑み。
蓮司(小さく)「……明日でいい」
彼は踵を返し、逆方向へ歩き出す。
制服の背中に、ふっと春の風が吹き抜ける。



