双子の悪女の身代わり〜実は私が創世の聖女です〜

 僕は話を聞きながら、素敵なのはカリンの方だと思った。

 ハンカチの汚れを落とすなど、メイドとして当然の仕事だ。

 そんな些細な仕事にも彼女は感謝を示している。
(これが聖女なのか⋯⋯もう、我慢できない)

 僕は気がつけば、彼女の頬に手を添えて唇を近づけていた。

「おやめ下さい! まだ成人もしていないのに、無礼講だと調子にのってお酒を飲みましたね。顔が赤いからバレバレですよ。それとも、葡萄ジュースと赤ワインをまちがえましたか? 本当に仕方がない方ですね」

 僕の口づけを制するように、彼女の手のひらを唇に当てられた。

 下がり眉で僕を見つめてくる彼女を見て、もっと様々彼女の表情を見たいと思った。

 僕は確かに17歳で成人をしていないが、帝国の皇子だ。

 そんな僕の高い身分に臆することなく、ルールを守れと言ってくる彼女は皇后の器なのではないだろうか。

 彼女が唇に当てた所から流れてくる温かい力に身を委ねると、なんだがとても体が楽になった。

「これは神聖力か?」
「はい。ルイス皇子殿下は帝国の代表として来られているのだから、お酒でのやらかしはまずいですよ」

 人に叱られることなど、何年ぶりだろうか。
 頬を少し膨らませて僕を叱ってくる、カリンが可愛くて仕方がない。

「カリンは、酒を飲んだことがあるのか?」

 孤児院で貧しい生活を強いられてきた彼女が、嗜好品である酒を口にしたことがあるとは思えなかった。
(もしかして、酔った男に絡まれて嫌な思いをしたことがあるんじゃ⋯⋯)

 僕が心配して聞いた言葉を、彼女は手を広げて満面の笑顔で返してきた。

「私はお酒が強いですよ。これくらいは飲めます」
 明らかに僕を笑わせようとして、冗談を言っている彼女が愛おしい。

 もしかしたら、会話をするうちに火の魔力を使う僕のことを怖いという感情も消えたのかもしれない。

「カリン、僕の為に使ってくれた神聖力のお礼がしたい」
 僕の言葉にカリンは考え込んだ。

「神聖力のお礼など必要ありません。いくら使っても減るものではありませんから。でも、私の気持ちを言わせてください。ルイス皇子殿下の私への卑劣な行為は、あなたがまだ大人ではなかったということで何とか許せています。願わくば帝国に戻ったら、2度とカルパシーノ王国に来ないで頂けると助かります」

 カリンは切なそうにそう言うと、走って会場ではない方向に行ってしまった。僕は彼女から言われたことがあまりに衝撃的で、しばらくそこを動けなかった。

 卑劣な行為というものが何を指すのかが、僕にはいくら考えても心当たりがなかった。
 彼女の感覚が僕とは異なっている以上、僕は彼女が何が不快だったか考え続けるしかないだろう。
 そして、おそらくその行為により、僕は2度と会いたくないというくらい彼女に嫌われているのかもしれない。

 僕は彼女と出会った湖を眺め続けた。気がつけば彼女に愛されるセルシオ・カルパシーノが憎くて、明日の会談で消し炭にしてやろうかと考えだしていた。