双子の悪女の身代わり〜実は私が創世の聖女です〜

「いかがなさいましたか? カルパシーノ王国は寒すぎましたか?」
 私は慌てて彼女の手を握った。
 心なしかとても冷たい気がする。
 
 南に位置するパレーシア帝国と北西に位置するカルパシーノ王国では15度くらい気温が違う。
 気温の変化が激しいと体にこたえるというから辛かったのではないだろうか。

「違います⋯⋯ただ、ルイス皇子殿下が私と踊らず貴方様と踊った事が辛くて⋯⋯」

 私は彼女がルイス皇子を愛しているのだと確信した。
 初対面なのに正直に私に気持ちを話してくれて嬉しい。
 そして、彼女は私と彼の関係を疑っているのかもしれないと感じた。

 彼女は寒さにも滅入っているかもしれないと思い、私は自分の体温を分けようと彼女を抱きしめた。

「ルイス皇子殿下の気まぐれですよ。こんな美しいお嬢様を差し置いて浮気するような男は人間ではありません。私自身もセルシオ国王陛下以外の男性はきのこ人間にしか見えないという女です。だから、安心して良いのですよ」
「き、きのこ人間?」
 気の抜けたような声をあげている腕の中のレイリン様が可愛らしい。

「もしかして、片想い中ですか? 私もセルシオ国王陛下に絶賛片想い中なのです。好きになって貰う為に何をしたら良いのか分からなくて心はいつも迷子になっています」

 私の言葉を聞いて潤んだ瞳で、レイリン様は私を見つめて来た。

「私とルイス皇子殿下の婚約は政略的なものです⋯⋯でも、私は彼を愛しています。私と彼はゆくゆくは結婚するのですが、やはり心が欲しいです。妃教育という名の花嫁修行をいくら頑張っても彼が私を好きになってくれる事はないって分かっているんです⋯⋯」

 エメラルドのような美しい瞳からとめどなく流れる涙を指で掬うと、彼女は驚いたような顔をした。

「レイリン様はずっと頑張って来たのですね。同じ片想い仲間として貴方の話を聞いてみたです。花嫁修行とはどのようなことをするのですか?」

「花嫁修行は貴族令嬢としての礼法だけでなく刺繍など多岐に及びます。実はそんなに手先が器用ではないので刺繍は苦手なんです。殿下に刺繍したハンカチを送ったりしているのですが、使って頂けているのかも分かりません。私は嫌われているから⋯⋯」

 私はふとルイス皇子から手渡されたハンカチを思い出した。そういえば、ハンカチには帝国の紋章にルイス皇子のイニシャルが刺繍されていた。花嫁修行とはとても繊細な技術を習得するもののようだ。私はいついかなる時も夫となる人を守れるよう体を鍛えているのかと勘違いしていた。
(もしかして、あのハンカチはレイリン様が渡したもの?)

「こんな素敵で美しいお嬢様が、気持ちを込めて刺繍をしたハンカチを送られて心が動かないのであれば彼は男色です。レイリン様は気持ちを言葉にして伝えましたか? なんだか男という生き物を完全に理解するのは難しいような気がします」

 人の気持ちなんて分かりたくても想像するしか手立てがない。
 セルシオの気持ちを常に想像して来たけれど、その答えを明かされた時は彼が絶命する直前だった。

「アリアドネ様は本当に元奴隷などを愛しているのですか?」

 レイリン様が自分の言葉が失言だと気がついて、気まずい顔をしたのが分かった。

 まだ若いカルパシーノ王国とは異なり、パレーシア帝国は歴史があり厳しい身分制度のある所だと聞いていた。

 彼女の疑問は彼女の生まれからすると当たり前に持つものなのかもしれない。