双子の悪女の身代わり〜実は私が創世の聖女です〜

 私の言葉にセルシオは泣きそうな顔をして首を振った。
 そっと私の頬に手を当てて、何かを耐えている。

「セルシオ! 今まで言えなかったけれど、私は心からあなたを愛しています。今すぐ服を脱いで、メイド服に着替えてください! 私の専属メイドという設定で生きのびましょう」

 姉が私を殺す訳がない。

 それでも、彼女は『傾国の悪女』とまで呼ばれ3度も結婚を繰り返し、嫁いだ国を滅ぼしてきた女だ。

 私をカルパシーノ王国に送り込んだのも、この国を滅ぼす為かもしれない。
 
 カルパシーノ王国は9年前、奴隷から成り上がったセルシオが創った若い国だ。

 この国にはセルシオをはじめ強い武力を持った騎士たちいる。
 それゆえ、攻め落とすのは簡単ではない。

 城壁の周りは湖で囲まれているから、中に入り込まれない限り火を放つことはできない。
 しかし、隠し通路の場所が帝国に漏れていて、そこから城壁の内側に侵入されてしまったのだ。
 
 護衛騎士と一緒になりたいと言っていた姉が、帝国の皇子と通じているという情報も掴んでいた。
 それなのに、私は姉がカルパシーノ王国を滅ぼそうとしているという可能性を打ち消していた。

「相変わらず面白い女だな……カリン、ずっと君を本当の名で呼んで君を抱きたかった。俺も君を心から愛しているよ」

 愛おしそうに私に口づけてくるセルシオに私は応えた。

 私と彼が口づけをするのは、初めてのことだ。

 庶民同士の結婚式で誓いの口づけがあったので、私は国婚でも当然口づけをするものだと思っていて緊張していた。

 国婚は夫婦の愛の始まりを見せるというより、新しい王妃のお披露目といった場だった。

 結婚式の日にアリアドネとして初めて彼と会った時は、会ったばかりの男と口づけをしなくて済んでホッとした。

 私たちは結婚をしたが、夫婦の契りも交わしていない。
 初夜の儀式で、私が怖くて泣いてしまったので彼がやめてくれたのだ。

 替え玉として正体がバレてしまっては、姉に迷惑が掛かってしまうと思って怯えていた。

 寝所で男を惑わすと有名な姉のふりを、経験のない自分ができる訳がないと追い詰められて涙が止まらなかった。

(あの時から、きっとアリアドネではないと気がつかれていたわ……)

 部屋の扉がノックもなしに開いた。

「セルシオ国王陛下……帝国軍がもう直ぐそこまで来ています」

 入ってきた血だらけの騎士が真っ白な軍服を赤く染めたままその場に倒れる。
 彼は王宮の騎士のカンテスで、セルシオに後ろ姿が似ていることを誇りにしていた。

「セルシオ! 今すぐ服を脱いでカンテスと服を取り替えてください。2人とも黒髪じゃないですか。カンテスの目を潰して首を切ってあなたの首だと偽ります!」

 おそらく勝利の印として欲されているのはセルシオの首だ。
 カンテスの瞳は黒かったから、目を潰さなければセルシオと偽造できない。

「カリン。俺は君を愛する男である前に、この国の王だ! だから、しっかりと自分で落とし前をつける。君が俺の首を持って帝国軍の前にいくんだ。狂った君のお姉様もそんな君を見れば納得するだろう……」

 セルシオの言葉に息を飲んだ。
 私は姉が狂っていると思ったことはない。

 しかし、神聖力を持った美貌の王女として、戦利品のように権力者に嫁がされ続けた姉。

 狂わずにいられたのだろうか。

 私が考え事をしている内に、セルシオは自らの剣で胸をついていた。

 温かい血しぶきが頬にかかり、私は咄嗟に自分の神聖力で彼の傷を回復しようと手を伸ばす。
 まだ意識が残っていたのか、彼はそんな私の手を制して自らの首を切り落とした。
 
 彼はオーラの持ち主で、首を一瞬で切り落とせるほどの剣技を持っていた。
 その力が今際の際に生かされるなんて思ってもみなかった。

 姉に疑いを持ったのは半年以上前だった。
 セルシオを愛しはじめたのはもっと前だ。
 それなのに私はそれらの気持ちに蓋をし続けてここまで来てしまった。

 私は唇から血が出るほど歯を喰いしばり、セルシオの首を抱えた。
 顔にかかった彼の血の温かさが、私の心に燃え上がる怒りの炎を灯した。

 銀髪に青い瞳をした男が現れた。

 建国祭の時に招待客として来た彼を一度見たことがある。
 周囲が凍りつきそうな冷たい瞳をした人だった。