「……間違えた。すまない」

「えっ……えぇっ?」

口元を隠す布を引っぱり、謝罪を口にすると男はシュッと姿を消してしまう。

「ちょっ、ここ二階……!」

メメリアは思いきりつま先で身体を前に押し出し、窓枠に手をつくと勢いのまま飛び越える。

下にはあの従者の男がおり、メメリアが窓から飛び出して追いかけてきたことに驚き、足を止めた。

そのままメメリアは男の肩を押し倒して、馬乗りになる。

我ながらムチャクチャだと口角をあげると、男がそうとう驚いて圧倒されていると気づく。

だがメメリアは男の上から退けなかった。

暗闇でも赤い瞳が浮かぶように美しく、ついつい魅入っていたから。

まっすぐに凝視していると、男は眉をひそめて肩を押すメメリアの手首を掴む。


「あんた、なんだ? 二階だぞ?」

「……二階くらいなら」

平気だ、とへらへらして誤魔化しにかかる……が、男は余計に表情をしかめて疑り深く睨んできた。

これはお互い何者だと警戒態勢になっていると、メメリアはつい豪快に出てしまったと深く反省した。

「ごめんなさい。ビックリして追いかけちゃった」

「……たしか、今日入ったばかりの……」

「あー……はい。……水晶宮でお世話になります、メメリアと申します」

何を名乗っているのだろうと自分でもおかしく思う。

どう見ても男は昼間の従者と同じ姿ではない。

全身黒づくめ。

闇に隠れることを目的とした身なりは、ネリウス王子を守る従者が着るものとしてふさわしくない。

不可解な恰好にメメリアはもっと警戒すべきなのだろうが、ついつい好奇心で男の顔をガン見してしまった。

「近い。あんた、誰の差し金だ? 侍女の身のこなしじゃない……」