愁夜「そうなのかもしれない。
   最近、君の『ぶち殺す♡』が
   脳内で勝手に『愛してる♡』に変換されちゃってさ」

※愁夜、虚ろな眼差しで遠くを見つめる。

椿「そうかよ。そりゃあ学校に来るより、
  脳外科に行ったほうがいいんじゃねぇ?」

愁夜「本当にねぇ……。っていうか君こそ大丈夫?
   今日がなんの日なのか、ちゃんと覚えている?」

※椿、バツが悪そうに、目を泳がす。

椿「あっ……ああ〜。
  なんの日だったかな? 仏滅? だったかな?」

愁夜「いいや、もちろん大安だよ」

※愁夜、制服の内ポケットから紙を取り出して、
 椿の頬にペチペチする。

愁夜「君と僕との……。よもや忘れたとは言わせないよ?」

椿「なっ……なんのことだっけ〜?」

※椿、
視線を泳がせながら、
愁夜の持っている紙を必死に奪おうと
手を伸ばすが、ことごとく躱される。

愁夜「とぼけても無駄だよ。
   この国は法治国家だ。
   皇と藤堂の両家が弁護士を交えて
   正式に書面で交わした婚約を
   そんな小手先の浅知恵で回避できるとでも?」

※椿、すごく嫌そうな顔をする。

椿「うぐっ……」

愁夜「ちょうど十年前の今日、
   僕と君とは初めて出会った。
   感慨深いよねぇ。
   そういうわけで、あのとき交わした契約が
   ちょうど今日から有効なのですけど?」

椿モノ:なんとしても時間を……稼がねば。
    っていうか、俺、何がなんでも
    こいつと婚約するわけにはいかねぇんだよ!
    何せ俺、悪役令嬢だからな? 
    婚約したところで
    ヒロインが現れて
    婚約破棄されちまう運命だからな!
    くそっ、何か考えろ。

    できるだけ、
    こいつとの婚約を遅らせる方法を。

    そして俺ではなく
    ヒロインとなんとかよろしくやってくれ!

椿「おっ、お前はそれでいいのかよ?
  親に結婚相手を勝手に決められて、
  すっ……好きでもない相手と……
  無理やり……結婚させられて」

※ピキッっという擬音語とともに、愁夜が凍りつく。

愁夜「きっ……君には誰か僕の他に
   すっ……好きな人がいるとでもいうのか?」

※ピキっという擬音語とともに、今度は椿が凍りつく。

椿モノ:ええ、ええ、
    どうせ俺はあなたと違ってモテませんよ、
    前世から。

    なんならあなたのお好きなヒロイン
    高山葉月にガチ恋してましたよ!

    最終巻でてめぇと結ばれ、
    幸せになる高山葉月にホッとしつつ、

    俺は貴様にどんだけ嫉妬したかっつうの!

    ああ、俺、どうして藤堂椿なんかに
    転生しちゃったかな。

    むしろ俺は、皇愁夜、
    貴様に転生したかったァァァァァ!

    もしくはモブでもいいから、
    高山葉月の友人のひとりにでも……。

※椿、モノローグの中で血の涙を流す。

椿「そ……そんなんじゃねぇし。
  けど俺だって……」

※椿窓の外に視線を移す。
 ちょうど裏庭である男子生徒が女生徒に告白し、
 OKをもらっている。

椿「俺だって……
  家とかそんなの関係なく、
  ちゃんと恋をして……
  両思いになって……
  付き合って……
  っていうプロセスを
  踏んでみたかったっていうか……」

※椿がしょんぼりと肩を落とす。

椿モノ:ああクソ、笑いたきゃ笑えよ!
    こんな悪役令嬢な俺だってな、
    恋に恋してたんだよ! 
    悪いかよ、チクショー!

※椿、モノローグの中で血の涙を流す。

愁夜「そっ……そう……なんだ。
   ごめん。僕も君の気持ちを考えず、
   ちょっと急ぎすぎたところがある」

※愁夜が愁傷げに頭を下げたので、椿、面食らう。

椿「別にっ……お前が謝らなくても。
  お前と付き合うわけじゃ……」

愁夜「いや、藤堂椿、僕達付き合おう! 
   そうと決まれば速攻だ!」

椿「はぁ? 落ち着け、バカッ! 
  そもそも俺とお前だと
  『素敵なお付き合い』じゃなくて
  『仁義なきどつき合い』に
  なっちまうだろうがっ!」

※愁夜、クスリと笑う。
 
愁夜「それも含めて
   僕達なんだと思うよ? 
   どう? 素敵なラブコメに
   なりそうだと思うけど」

椿「冗談キツイぜ。却下! 
  何が悲しくてお前なんかと」

※椿、話にならないという体で、
 ひらひらと手を降る。

愁夜「僕と付き合ったら、
   正式な婚約までの期間を
   もう少し延長してあげてもいいよ」

※椿の耳がピクリと反応する。

椿「なんですと?」

※椿、くるりと愁夜を振り返る。

愁夜「隙ありっ!」

※刹那、愁夜が椿の手首を掴んで
 抱きすくめる。

椿「なっ!」

愁夜「その期間内に藤堂椿、
   絶対に君を落としてみせる。
   だから、覚悟してね」

※愁夜、椿の頬に口付ける。

※不意の愁夜の口付けに、心臓が跳ねる椿。

椿「はっ、はあ? 
  絶っっっっっ対に落ちねぇし!
  絶対の絶対の絶ぇっっっ対にっ!」

※椿、めちゃくちゃ赤面しながら絶叫する。